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【特集】「幻の車両」復元へ若い世代が挑戦 昭和初期に運行の塩江温泉鉄道 香川

5/12(日) 9:30配信

KSB瀬戸内海放送

 昭和初期にわずか12年だけ運行していた「塩江温泉鉄道」。現在の高松市仏生山町と塩江町を往復していたのはガソリンで走る車両「ガソリンカー」でした。78年前の廃線とともに姿を消した「幻の車両」の記憶を未来へつなごうと、若い世代が復元プロジェクトに挑戦しました。

昭和初期に運行「塩江温泉鉄道」

 「塩江温泉鉄道」の始発駅は、現在のことでん仏生山駅の隣にありました。そこから南へ延びる道路は、「ガソリン道」と呼ばれています。昭和の初め、塩江まで約16キロの区間を「ガソリンカー」が走っていました。

 地域おこし協力隊の村山淳さんと塩江美術館の学芸員・小田有紗さんは、塩江温泉鉄道を走っていた、ガソリンカーについて聞き取り調査を行なっています。

(ガソリンカーで通学していた男性・90代)
「ガタガタ音がしたら急いで行って『ガソリンカーが来た!』と言って走って見に行った」
(ガソリンカーで塩江へ出かけた女性・80代)
「子ども心に、うわぁ大きい乗り物やなと思った」
(沿線に住んでいた女性・90代)
「ガソリンカーは、みんなを元気づけるというんですかね…あさ、警笛がパーっと鳴ったら、一日が始まるような」

ガソリンカーの復元プロジェクト

 村山さんたちは今、「ガソリンカー」の復元プロジェクトに取り組んでいます。

(塩江町地域おこし協力隊/村山淳さん[30])
「塩江がガソリンカーとともに栄えていた時代の記憶をしっかりと見つめて、私たちが別の形で再現していくことによって、今の良い塩江につながるような形にしていく」

 ガソリンカーの終着駅は高松の奥座敷、塩江。当時は大きな温泉旅館もあり、多くの観光客でにぎわっていました。しかし、戦争の影響で物資や燃料が不足し、開業から12年後の1941年に廃線を余儀なくされました。線路もガソリンカーもなくなり、今はわずかな遺構だけが残されています。

(ガソリンカーを調査・研究/藤澤保さん[71])
「岩部トンネルですね。長さが約180メートルあります。道具もないような時代でしたから、手堀で掘ったような跡が今も残っているんです」

 塩江町出身の藤澤保さん(71)は定年後、ガソリンカーの調査・研究を続けています。

「たくさんの方が塩江に来られていたので昔、それぐらいにぎわっていたということを若い人にも知ってほしいし『復元プロジェクト』ということで進化させていただいているので、私としては非常にうれしい限り」

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最終更新:5/12(日) 9:30
KSB瀬戸内海放送

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