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菊池寛「恩讐の彼方に」 史実か否か…清濁あってこそ【あの名作その時代シリーズ】

5/13(月) 12:30配信 有料

西日本新聞

上空から眺めると青の洞門は実に小さい。だがこの美しい山里に、菊池寛は人間の無限の可能性を見た=大分県中津市

 「あの名作その時代」は、九州を舞台とした作品、または九州人が書いた著作で、次代に残すべき100冊を選び、著者像や時代背景、今日的な意味を考えながら紹介するシリーズです。西日本新聞で「九州の100冊」(2006~08年)として連載したもので、この記事は06年5月21日付のものです。

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 「いやぁ、あれは史実とは違うと言う人もいて…。私も20年前に一度読んだきりですね」

 周防灘から山国川をさかのぼること10キロ余り。大分県の名勝耶馬渓にある「青の洞門」が作品の舞台である。菊池寛あっての観光地であり、地元にはさぞかし愛読者も多いだろうと思いきや、中津市教委本耶馬渓教育センターの平原潤さん(45)からはつれない言葉が返ってきた。

 菊池寛の代表作「恩讐の彼方に」は、360メートルに及ぶ岩壁を彫り貫いた禅海和尚をモデルにした短編である。後の了海こと市九郎は、主人の愛妾(あいしょう)お弓と通じて主人を殺し、さらには旅人を殺して金品を奪う極悪非道の暮らしをしていた。そして、出家し、諸人救済の旅で人々を悩ましていた難所に行き当たり、これを取り除こうと決意する。里人に笑われてもやめることなくツチとノミで彫り続けて21年目の秋。巨岩はついに貫通し、敵討ちに来た主人の遺児・実之助も感激の涙を流す―。見事に改心し、大事業を成し遂げた了海の感動の半生を描いている。

 従って禅海和尚は死後200年以上たった今もなお、旧本耶馬渓町(現中津市)の偉人である。「禅海橋」に「禅海スポーツセンター」、お盆に開催するのは「禅海ふるさと夏まつり」。名刹羅漢寺のふもとにある禅海和尚のお墓も、大切に守られてきた。

 「町のシンボルとも言える禅海さんが人殺しであっては具合が悪いわけです。でも今では小説が本当の話として広まってしまって…」 本文:2,545文字 写真:1枚

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西日本新聞

最終更新:5/13(月) 12:30
西日本新聞