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「打倒ウッズ」ニューヨーカーが求めたドラマ/2002年ベスページの記憶

5/14(火) 18:01配信

ゴルフダイジェスト・オンライン(GDO)

今年の「全米プロ」の舞台は、ニューヨーク州のベスページ州立公園ブラックコース。マンハッタンの東50kmに位置するニューヨーカーの憩いの場で、初めてメジャーが開催されたのは2002年6月の「全米オープン」だった。

ウッズ歓喜の瞬間

前年の2001年9月11日、ニューヨークは米同時テロの標的のひとつになった。目の前に広がる景色が一変した中で開かれた大会で、人々の心をくすぐったのは、時代に君臨する絶対王者と、スノッブな都市生活者びいきの人気者、「神の子」と呼ばれた若きヒール役が織り成すストーリーだ。

杉澤伸章氏の証言

大会では、16位で終えた丸山茂樹選手のキャディを務めました。

2000年から01年にかけて、タイガー・ウッズがメジャー4連勝を遂げていました。少し大げさですが、当時のウッズは「出れば優勝」という勢いや強さを誇っていた。そこで、ウッズ以外の選手にも期待が集まりました。スポーツ観戦に慣れているニューヨーカーたちは、その楽しみ方を知っています。ウッズの優勝も見たいけれど、敗れる瞬間も見てみたい。「打倒ウッズ」のストーリーを欲しがっているように感じていました。

大会前、真っ先にニューヨーカーたちの心をつかんだのは、実はフィル・ミケルソンだったんです。もともとファンの多いミケルソンがメディアを通じて「I LOVE NEWYORK」と言った。ミケルソンへの声援は半端じゃなかった。正直、大会期間中、ミケルソンの方が応援は多かった。ウッズには少なからずアウェーの雰囲気があったと思います。強すぎて、憎まれたんですかね(笑)

もう一人の役者は、当時22歳のセルヒオ・ガルシアです。数年前に「神の子」と言われ、初日は首位のウッズと1打差。いよいよメジャーを獲るかという雰囲気もありました。ただ、ガルシアはアドレスしてから打つまでの時間が長く、観客にグリップの回数をカウントされたり、テレビ解説者に秒数を数えられたりしました。このときはヒール役に回ってしまいましたね。若さからか怒りを露わにするようなポーズをして、非難もされました。

大会期間中は雨が降りました。連日サスペンデッドとなり、毎朝4時に起床。ただ、観客たちのボルテージはこれで高まりました。台風の日に子どもたちのテンションが上がるように「もう濡れたんだし、あとはどうにでもなれ」っていう感じですかね。

コースコンディションが悪くなればなるほど、ウッズの強さが際立ちました。ランは出ず、キャリーで飛ばすしかなかったのですが、ウッズは極端に長いラフを避けるように3Wを使いました。ロングアイアンやミドルアイアンの精度は世界一。タフなセッティングだから少しでも前に行きたいけど、ウッズは違いました。これだけ長いコースでも、フェアウェイから打つことを最優先していました。攻め方は、ほかの選手と一線を画していました。

ほとんどの選手がリスクを冒しながらティショットで1Wを握りました。ミケルソンもドッグレッグの多いコースで、ショートカットを狙って果敢に1Wを使いました。ウッズとミケルソンの攻め方の違いも、面白さを増幅させました。

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