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越境バレーボーラー古賀太一郎(サヴィエルチェ・ポーランド)前編「最初はバレーがしたい、ただそれだけで海外に」

5/14(火) 17:03配信

バレーボールマガジン

ポーランドリーグで活躍する全日本代表のリベロ、古賀太一郎選手にお話を伺った。古賀選手は、豊田合成トレフェルサに入社後なかなか出場機会を得られず、4年前にフィンランドリーグにレンタル移籍。そこで実績を積み、翌年はフランス一部リーグのパリバレーへ。ここでも活躍して、昨シーズンからはポーランドリーグのザヴィエルチェでプレーしている。

――海外は4年目になりますよね。振り返ってコッコラからステップアップしてきたことを。
古賀:まず海外に来るきっかけになったのは、日本での活躍の場がなくて、自分の中でももどかしいシーズンをずっと過ごしていた中で、出場機会を得るためにどうしたらいいかと。

――お兄さん(幸一郎)が、豊田合成では不動のレギュラーですもんね。
古賀:そうなんです(笑)。チームもアンディッシュ(豊田合成に初優勝をもたらした監督)が来て2年目の年で、海外挑戦に理解してくれました。会社に相談したところ、「こういうチームがあるよ」と言われて行ったのが最初です。
もちろん自分としてはもどかしかったのが一番なんですけど、ただ「バレーボールがしたかった」。ずっとベンチにいる状況を、自分としては変えたかったんですね。
その時点では、ポーランドリーグにステップアップしようとか、代表に行くためにとかは全く考えてなかったです。ただただバレーボールがしたかったから海外に来た。

フィンランドに行って、チームメイトに恵まれて、その年はフィンランドリーグもカップ戦も優勝して、フランスのパリバレーからオファーがあったので、また豊田合成さんに相談して、「こういうステップアップできる機会があるんだけど」といったら、「じゃあ挑戦してみたらいいぞ」と。それでパリバレーに行くことになった。
パリバレーは前年度優勝していて、チャンピオンズリーグに出場できたんです。

――それは大きいですね。
古賀:そうですね。フランスのリーグ自体もレベルが高くて、プラスでチャンピオンズリーグも出られたので、その時の自分としては、すごい高いレベルで試合ができました。個人としては、そのときは満足できるプレーはできなかったのです。だけど、「ああ、こういう高いレベルでプレーしたいな」という自覚、向上心、もっと上を目指したい、もっと貪欲に、もっとうまくなりたい、もっと上のレベルだったらどうなんだろうという気持ちがむくむくと湧いてきました。

自分のレベルを意識したのはそれから。パリを終えてからですね。ポーランドの1年目のシーズンに入って。

――オールスターにも出場されて。

古賀:そうですね(笑)
そのあたりからは、ポーランドリーグという、ヨーロッパの中でも一つ高いリーグでプレーする中で、チームの勝敗もそうですけど、自分のプレーが安定していくことで自分の自信にもなりました。去年(ポーランドリーグ初年度)の1年というのは、またパリと違って自分に自信を与えてくれたシーズンでした。そのあと代表に招集されて今に至ります。

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最終更新:5/14(火) 17:03
バレーボールマガジン

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