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「戦争」という言葉の耐えられない軽さ 丸山穂高議員 山田風太郎日記との乖離

5/15(水) 12:22配信

47NEWS

 北方領土へのビザなし交流訪問団に同行した丸山穂高衆院議員(35)が、元島民の大塚小弥太団長(89)に「戦争でこの島を取り返すのは賛成ですか、反対ですか」と迫ったと報じられた。実際のやりとりは次のようだった。

 丸山氏「団長は戦争でこの島を取り返すことは賛成ですか、反対ですか」

 団長「戦争で?」

 丸山氏「ロシアが混乱しているときに取り返すのはオッケーですか」

 団長「いや、戦争なんて言葉は使いたくないです。使いたくない」

 丸山氏「でも取り返せないですよね」

 団長「いや、戦争はすべきではない」

 丸山氏「戦争しないとどうしようもなくないですか」

 団長「いや、戦争は必要ないです」

 ▽きっぱりとした拒絶

 やりとりを読み、丸山議員の使う「戦争」という言葉があまりにも軽いことに驚かされた。丸山議員は35歳、これに対して団長は89歳だから、74年前の敗戦時は14歳か15歳ということになる。生身であの戦争を経験し、あの戦争によって故郷を奪われた人だ。政治家のこの軽薄さに直面しても、態度は揺らがない。

 「戦争なんて言葉は使いたくない」「すべきでない」「必要ないです」。きっぱりと拒絶した。自らの生まれ育った土地を取り戻すためであっても、武力は絶対に行使してはならないと骨身にしみていたのだろう。

 戦争になれば多くの人が傷つき、大量の血が流れ、おびただしい命が失われる。その一人はわたし自身かもしれない。わたしの大切な人かもしれない。わたしが兵士であれば、誰かの命を奪わなければならない。相手にも大切な人がいるだろう。

 安易に戦争を持ち出す丸山議員は、政治家にとって必須な、戦争の現実といったものに対する具体的な知識がないのではないか。あるいは、人としての思いやりや想像力といったものを決定的に欠いているのではないか。憲法に対する無理解より、そちらの方が気になった。

 大塚団長と丸山議員の中間ぐらいの世代に当たるわたしも、戦争の直接経験はない。昨年、知人に勧められ、山田風太郎の「戦中派不戦日記」を読んだ。後に作家になる人の筆力は、読者を戦時下にタイムスリップさせるのに十分だった。その優れた記録は内省的でもあって、悲惨だが希望を失わない庶民の日常や心のありようを、読んでいる間だけでも、追体験させてくれた。

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最終更新:5/15(水) 12:26
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