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【米中貿易戦争】土壇場で中国が強硬に出た2つの理由―中国側は持久戦の構え

5/15(水) 12:10配信

BUSINESS INSIDER JAPAN

統治モデル崩すと警戒

もうひとつある。

香港英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポスト (5月6日)によると、合意案は中国側にとって譲歩を強いられる点が多すぎ、習近平国家主席はそれを聞いて拒否を決断、「起こり得る結果の責任はすべて自分が引き受ける」と、交渉チームのメンバーに語ったという。

対米交渉をめぐり、習指導部の姿勢はこの1年揺れに揺れてきた。

2018年8月には、対米強硬路線が優勢になったとみられたが、10月のペンス副大統領による「米中新冷戦」演説の後は協調路線に転換。

しかしここにきて、「譲歩しすぎ」として対米交渉を中心的に担っていた劉鶴批判が強まる。合意文書を文言通り実行すれば、「産業育成に関わる共産党の統治モデルそのものが崩れかねない」という警戒が広がった。

土壇場での翻意は、習自身が「共産党指導の堅持」という基本原則にこだわったことをうかがわせる。これは、憲法にも明記されている最重要の政治路線の一つであり、絶対に妥協できない原則。

中国は1989年6月の「天安門事件」30周年を控え、政治的に敏感な時期に入った。天安門事件は、民主化をめぐる党指導部の分裂が最大の背景であり、基本原則を揺るがす事態は避けねばならない。

日米半導体摩擦と酷似

第二の理由として矢吹晋・横浜市立大学名誉教授は、「1980年代の日米半導体交渉からくみ取った学習効果」を挙げる。

「地方政府への補助金カットなどはいくらでも妥協できます。問題の核心は次世代高速通信規格『5G』をめぐる覇権争いです。注目すべきは、中国国内法の改正を求めた文書調印にこだわったこと。日米半導体協議では協定文書によって、日本はアメリカに身ぐるみはがされ、結局デジタル経済で完全に後れをとってしまいました」

日米半導体協定は1978年、米半導体メーカーが、日本の輸入障壁や政府補助に注文を付けたのが端緒。半導体の対米輸出は、米ハイテクと防衛産業の基盤を脅かすという安保上の理由も挙げられた。「国家主導の産業政策」といい「米ハイテク、防衛産業への懸念」といい、米中貿易摩擦と酷似している。

日米は1986年7月、
1.日本は国内ユーザーに対し外国製半導体の活用を奨励
2.日本政府は対米輸出される6品目の半導体のコストと価格を監視
3.米商務省はダンピング調査を中断

などを盛り込んだ「日米半導体協定」に調印した。

だが、協定を結んだものの、摩擦は消えない。レーガン米政権は翌1987年4月、

1.日本の第三国向け輸出のダンピング
2.日本市場での米製品のシェアが拡大していない

を理由に、日本製のパソコン、電動工具、カラーテレビなどに、関税を100%に引き上げる措置を発動した(同年6月解除)。

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最終更新:5/15(水) 12:33
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