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【岡山から伝えたい】“平島の奇跡” 大規模浸水も人的被害ゼロ 住民の絆、「共助」生きる【再配信】

5/15(水) 18:53配信

山陽新聞デジタル

【再配信:内容は2018年9月15日の初出時点のものです】

 記録的な雨量に見舞われた岡山県内で、51人が亡くなった倉敷市真備町地区に次ぐ浸水規模となったのが、岡山市東区平島地区だった。ここでは旭川水系・砂川の堤防決壊により、未明に住宅団地が濁流にのみ込まれ、一帯の2231棟が水に漬かったにもかかわらず、死者・行方不明者といった人的被害はなかった。関係者からは「奇跡的」との声も聞かれる。同地区で一体何が起こり、住民らはどう動いたのか-。 

【山陽新聞デジタル写真館】岡山豪雨

 岡山県によると、堤防が決壊したのは7月7日午前1時半すぎとみられる。浸水範囲は約750ヘクタール。県内最多の7700棟余りが浸水した岡山市内で、その約3割が同地区一帯に集中した。決壊地点の東から南東にかけ1キロほどの範囲に、平島団地(東区東平島)▽南古都団地(同南古都)▽小鳥の森団地(同)-など200世帯前後の大規模団地が広がっており、被害が拡大。市が8月30日に明らかにした決壊状況によると、浸水の深さは、小鳥の森団地で最大約2・5メートルに達した。

家の前が川に、丸一日情報入らず

 「家の前に川が突然できたようだった。すぐには事態が理解できなかった」。平島学区連合町内会長の中村卓由さん(67)=同南古都=は被災時の状況をこう振り返る。

 浸水に気付いたのは7月7日午前1時50分ごろ。車を高台に避難させて同2時すぎに自宅へ戻ると、最初はくるぶしほどだった水位が腰まで上昇。寝ていた家族2人を急いで起こし、食料と水を持って2階に向かった。

 明るくなってきた同4時ごろ、窓から外を見ると辺り一面が水に漬かっていた。各町内会長に連絡しても、固定電話が浸水したのか、つながらない。1階のテレビやラジオも駄目になり、情報が全く入ってこない状況が丸一日続いたという。

生死分けた「垂直避難」、高齢者を避難させた住民も

 真備町地区では多くの高齢者が亡くなった。浸水被害が夜間に、急速に拡大したために上層階に避難する「垂直避難」が難しく、逃げ遅れにつながったのではと専門家は分析している。一方、平島地区一帯では中村さんのように自宅の2階へ「垂直避難」を実行できた住民が多かったとされる。そうした中で、平屋の住宅では高齢者の救出劇もあった。

 市消防団御休分団長の西岡幸夫さん(54)=同寺山=は決壊後すぐ、団員3人と消防車で地域を回り、スピーカーから垂直避難を呼び掛けた。平島団地に入ると、住民から「平屋に独居の高齢男性が取り残されている」と聞き急行。男性宅を訪ね、インターホンを鳴らしても出てこない。何度も大声で呼び掛け、15分ほどしてようやく姿を見せた。「寝ていたのか浸水に気付いていなかった。あのままだったら危なかった」と西岡さん。

 かつて一つの村だったこともあり、地域の結びつきが強い土地柄。住民同士で助け合う「共助」も生きた。同じころ、同団地の豊田正己さん(75)は車を近所の神社に移動させる際、「寝ている住民を起こさねば」とクラクションを鳴らし続けて運転。帰りは道沿いの家のインターホンを押して異常を知らせたという。

 豊田さんの家から30メートルほど離れた場所には80代の女性が一人で平屋に暮らしていた。消防に連絡したが「今は向かえない」との返答で、息子と2人で駆け付け、おんぶして自宅2階に避難させた。

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最終更新:5/16(木) 12:59
山陽新聞デジタル

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