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コルセットとジェンダーからの解放。『コレット』に見るフェミニズム

5/16(木) 11:02配信

dmenu映画

ココ・シャネルに愛され、オードリー・ヘプバーンを発掘した作家シドニー=ガブリエル・コレット。81歳まで愛の小説を書き続けた彼女はフランスで初めて国葬された女性作家で、彼女が生まれた1873年はフランス革命から約100年後の時代です。フランス革命では、すべての人間の自由と平等を宣言した「人権宣言」が成立したものの、女性の権利は男性と平等ではありませんでした。

極端な女性差別がはびこる男性社会で、生涯を通し“自分らしさ”と“女性の自立”を叫んだコレットの波乱万丈の半生を描いた映画『コレット』が5月17日に公開されます。今回は、作中コレットがまとった衣装から、当時の女性について考察したいと思います。

19世紀末。コルセットと夫からの抑圧

1893年、破産したブルジョワ家庭の20歳のコレット(キーラ・ナイトレイ)。14歳年上の上流階級出身で、ジャーナリスト、作家、音楽評論家として著名なウィリー(ドミニク・ウェスト)と結婚します。年が離れていたとはいえ、コレットはウィリーと恋に落ち、ウィリーもまた、自分の家族からの反対を押し切り財産相続権まであきらめて、持参金のないコレットと結婚したのです。

コレットが結婚前に着用していた衣服はブラウスにスカート、ブーツに三つ編みという簡素なスタイル。森を散策することを愛した彼女が好んだ衣服は明るいパステルやグレイッシュなカラーの柔らかな生地でできていました。

18世紀から19世紀にかけて起こった産業革命で、綿織物業をはじめ様々な産業が機械工業化したことから、衣服の大量生産が以前よりも可能となり、衣服はずっとシンプルになっていました。コルセットは健在していたものの、ふくらんだスカートや華美な装飾は廃れ、シルエットも細くなっていき、服装からは労働者階級、中流階級、上流階級の見分けがつかなくなった時代。

そして、パリに移ったコレットの衣服は、黒、白、茶を基調にしたシックなカラーの、より重厚な生地を使ったスタイルへと変化します。ウィリーに導かれるままにパリのサロン生活を楽しんでいたコレットですが、次第に彼が本物の作家ではないことに気づきます。ウィリーは若手作家や編集者などからなるゴーストライターのチームを編成し、プロデューサーのような役割で執筆活動を行っていたのです。

コレットに文才があることを知ったウィリーは彼女の少女時代をモチーフに綴った『学校のクロディーヌ』を執筆させ、これが大ヒット! 続けて3作品を彼女に無理やり書かせます。最初は夫のゴーストライターに甘んじていた彼女ですが、男装の男爵夫人ミッシー(デニース・ゴフ)との出会いで“自分らしさ”に目覚めていきます……。

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最終更新:5/16(木) 11:02
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