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日産小型車の行方 ノートが主力でかつての人気車「マーチ」の存在意義とは

5/16(木) 10:31配信

くるまのニュース

マーチからノートへ変わった日産の方針とは

 毎年、国内自動車メーカーの販売台数ランキング(登録車)では、トヨタ車の「プリウス」「アクア」が上位を独占していました。しかし、2018年の年間販売台数において、日産「ノート」が首位を奪ったのです。

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 プリウスやアクアと並んで売れているクルマの代名詞的存在となったノートですが、日産にはコンパクトカーの「マーチ」もラインナップしています。ノートが登場するまでは日産を支えるコンパクトモデルとして存在感があったマーチは、なぜ影が薄くなってしまったのでしょうか。

 マーチは、かつて国内のコンパクトカー市場において絶大な人気を誇るモデルでした。とくに、2代目モデル(1992年-2002年)は日本ならびに欧州にてカー・オブ・ザ・イヤーを受賞するなど、グローバルで評価され、当時の日産を小型セダンの「サニー」とともに支えていました。

 1992年の新車販売ランキングでは9位に、1993年から1997年までは上位3位にランクインし続けるほど、いまのノートと同様に人気のクルマといえます。

 その後は、競合車としてトヨタ「ヴィッツ」やホンダ「フィット」といったコンパクトカーが登場し苦戦を強いられますが、2002年に3代目へフルモデルチェンジしたことで復権の兆しが見えるのです。

 しかし、2005年に日産のラインナップにノートが登場。その年の販売ランキングは、ノート5位、マーチ19位と大きな差が生まれますが、翌年以降はトヨタやホンダの各人気モデルに押されたこともあり、しばらくは両者ともに大きく販売台数を伸ばすことができませんでした。

 長年に渡り日産の販売店で営業をしていた元営業スタッフは次のように話します。

「2代目のマーチは、90年代初頭に爆発的に売れました。バブル崩壊後ということやトヨタ『スターレット』との相乗効果によってコンパクトカーに注目が集まり始めていたことが大きかったと思います。

 また、2000年代に入ってからは同カテゴリの強豪車や軽自動車、そしてマーチよりも室内空間が広く使い勝手が良いノートの登場が影響したことや、現行マーチ自体のデザイン・性能がユーザーから評価されなかったなどのさまざまな要因の結果、大幅に販売台数が落ち込みました。

 そして、両者の差を決定的にさせるのが『e-POWER』の登場です。これによりノートは一躍『売れているクルマ』の常連になります。そのほか、マーチは『e-POWER』以外にも大きな改良をすること無く今に至っていることから、国内市場ではかつての柱としての役目は終わったのかもしれません」

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最終更新:5/17(金) 7:28
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