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【岡山から伝えたい】自宅も実家も水没、被災記者の決意 住民の声を全国に 豪雨3カ月、真備【再配信】

5/16(木) 12:52配信

山陽新聞デジタル

【再配信:内容は2018年10月8日の初出時点のものです】

 200人超の死者を出す「平成最悪」の水害となった西日本豪雨。広範囲が深さ5メートル以上の浸水に見舞われ、51人が亡くなった岡山県倉敷市真備町地区では、山陽新聞総社支局長を務める古川和宏記者(47)の自宅と実家も水没、全壊した。絶望に暮れたあの日から3カ月。地元紙記者として被災地を取材する傍ら、被災者として生活再建に取り組んでいる古川記者は「自らの被災体験も踏まえ、被災地の声を発信し続けたい」と決意を新たにしている。

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不安定な生活基盤、蓄積される疲労

 「休みの日や、ちょっとした空き時間にはここに来ている」。内装の解体が終わり、柱と梁(はり)、外壁と屋根だけになった自宅で、古川記者が出迎えてくれた。水没して使えなくなった家具や家電、日用品などは8月末に運び出しを終えたため、「この家で今やるべきことはない」にもかかわらず、自然と足が向くのだという。周囲に立ち並ぶ家屋も住むことができなくなっており、見渡す限りがらんどう。室内を乾燥させるため窓は開け放たれているが、人けがなく、夜は辺り一面が真っ暗闇になるそうだ。

 被災後、妻と、中学2年と小学6年の娘2人は岡山市内にある妻の実家に避難。古川記者はただ1人、勤務先の山陽新聞総社支局で暮らしている。支局には仕事道具がそろっているが、他にはもともと置いていた寝具や必要最低限の日用品がある程度。家族と離れ離れに暮らすようになり、生活基盤は不安定になった。「最初のころは心身の疲れを気力で乗り越えられたけれど…」。疲労が蓄積したためか、最近は体が重く感じられるという。

「もっと書くべきことがあったはず…」

 岡山県内で初めての大雨特別警報が出た7月6日から翌7日にかけて、真備町地区では小田川と、その3支流で計8カ所が相次いで決壊。豪雨関連取材中の古川記者が携帯電話のエリアメールで「小田川河川氾濫」を知り、岡山県総社市内から真備町地区に戻った7日午前1時過ぎ時点で、既に自宅周辺には大量の泥水が流れ込んでいた。浸水エリアはその後、真備町地区全体の3割に当たる約1200ヘクタールへと広がった。

 水没した自宅や実家の片づけのため、古川記者は仕事を当面休むことになった。だが、真備町地区に隣接し、支局長として受け持つ総社市も被災した中、記者として居ても立ってもいられなかった。ほぼ眠らずに仕上げた被災体験ルポは、山陽新聞紙面のほか、電子版「山陽新聞デジタル」やYahoo!ニュースを通じて全国に配信され、大きな反響を呼んだ。

 7月末から取材現場に本格復帰。連日のように署名記事が紙面を飾った。それでも「被災者のためにもっと書くべきことがあったはずなのに、当時は自分のことで精いっぱいだった。周りを見渡す余裕がなかった」と古川記者。さらに「古里の惨状が信じられずに立ちすくんでしまったことや、シャッターを切ることをためらったこともあった」とも打ち明ける。

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最終更新:5/16(木) 13:00
山陽新聞デジタル

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