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全国の4割、曲線美が特徴 行徳神輿の伝統 【ちばの地理再発見】

5/16(木) 11:57配信

千葉日報オンライン

 行徳神輿は千葉県指定の伝統的工芸の一つです。

 市川市の行徳地域は江戸時代には行徳街道の起点で、幕府から塩づくりを奨励されていたこともあり、宿場町、商業の町としてとてもにぎわっていました。その繁栄は「行徳千軒寺百軒」とも言われ、今でも寺町を中心に多くの寺社があります。

 これらの寺社の建築や修理に携わる腕の良い宮大工が多くいたことから、神輿作りも行われてきました。

 現在、全国の神輿の4割ほどが行徳神輿だといわれていますし、浅草三社祭りや神田明神祭りに担がれる神輿も行徳神輿が多いです。行徳神輿は「関東型」と呼ばれ、美しい曲線を描く大きな屋根と堂が細い優美な形をしているのが特徴です。

 神輿の製作は以前は、後藤、浅子、中台の三家がその中心でした。

 浅子神輿の創業は室町時代末期と伝えられ、当主は代々「浅子周慶」を名乗り、神仏具を製作してきました。現在残っている建物は1929(昭和4)年上棟の店舗と居住部のもので、国の登録有形文化財です。

 この建物の保存と行徳神輿を広く知ってもらうことを目的に、現在は市川市行徳ふれあい伝承館として一般に開放されています。中には15代浅子周慶の神輿や浅子家が仏師だったころの資料が展示されています。深川富岡八幡宮の大神輿がここで製作され、船で渡御した資料なども興味深いです。母屋の向かい側の以前工場だった敷地には休憩所も設けられ、行徳河岸跡の常夜塔公園にも近いので、行徳観光の基点にもなっています。

 150年以上の伝統を受け継ぎ、現在でも神輿の製作が続けられているのが中台製作所です。ここは材料の選定から組み立てまでを自社で一貫して行える全国でも数少ない製作所です。 製作の工程としてはまず、檜や樫、欅などで300年以上たって目の詰まった木材を10年以上も寝かせた上で、部品の形に加工するところから始まります。そして彫師による彫刻です。主に獅子や龍、花鳥や十二支などが彫られます。次に飾り金具の製作、塗師による漆ぬり、金箔押しなど精緻な技を重ねた上で組み立てに至ります。

 これだけの工程を経るため、小型のものでも数百万円、大型のものになると数千万にもなりますが、神輿は神様の乗り物であり、お金や重さを取り沙汰するものではないといわれます。新たに製作されるものに加えて、お祭りの終わった後の修理等も多く持ち込まれ、工場の前は神輿の展示場のようです。

 事前に申し込めば製作所内の見学も可能ですが、工場脇に昨年「神輿ミュージアム」が開館し、無料で神輿作りとその道具、祭りの様子などついて学ぶことができるようになりました。

 この地の豊受神社の大祭「行徳五ケ町例大祭」が3年ごとに行われ、重さ500キロもの大神輿が本行徳1~4丁目と本塩の町を練り歩く様は、往時の行徳の繁栄をしのばせます。

(秀明大・敬愛大非常勤講師 鎌田正男)

最終更新:5/16(木) 11:57
千葉日報オンライン

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