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苦戦していた「沖縄ファミマ」が稼ぎまくるようになった経緯が面白い

5/17(金) 5:05配信

ITmedia ビジネスオンライン

戦略転換のきっかけはローソンの猛攻

 このように地元密着の施策を次々と打ち出し、高い平均日商を実現するに至っている沖縄ファミマだが、進出当初は苦戦していたという。かつては、店舗の平均日商が最も低い地域だった。

 1987年当時、コンビニという業態の認知度が低かったこともあるが、店舗開発力や商品開発力が低かったことも原因だった。進出当初は、東京の本部から渡されたレシピ通りの弁当を製造し、販売していた。店舗の立地戦略も必ずしも洗練されたものではなかった。

 苦戦はしていたもの、コンビニの認知度が高まってきたため、出店すればするだけ売り上げは伸びていった。しかし、ローソンが1997年に進出してきたことで状況は一変する。担当者は「ローソンさんはわれわれの弱点を全部突いてきた」と振り返る。

 例えば、ローソンの店舗は十分な駐車スペースを確保していたため、自動車で来店したいお客に支持された。また、沖縄ファミマのトイレはバックヤードの奥にあり、お客が自由に使えないようになっていたが、ローソンは進出当初から利用しやすい場所に設置していた。現在では、お客がトイレを気軽に利用できるのは当たり前になっているが、当時では珍しいことだった。

 こうしたローソンの“猛攻”を受けた結果、「売り上げがかなり落ち、2001年くらいまでは苦労しました」と担当者は振り返る。

対抗策として打ち出した3つの方針

 ローソンへの対抗策として沖縄ファミマが打ち出したのが、地域密着の商品開発、出店基準の見直し、独自イベントの開催だ。

 タコライスやランチョンミートを使ったおむすびといったように、地元で当たり前に食べられているものをコンビニ風にアレンジして販売するようにした。同時に、レシピ開発や、食材の発掘といった商品開発力を強化していった。

 出店基準も見直した。拡大路線はいったん保留し、店舗のスクラップアンドビルドを5年ほどかけて進め、稼げる店舗を増やしていった。

 人気歌手のコンサートやイベントチケットの販売体制も変えていった。それまでは、東京公演のチケット販売が多かったが、沖縄県民からすると気軽に行けるものではなかった。そこで、沖縄にゆかりのある歌手やグループに声をかけ、地元で独自イベントを企画した。チケットは一般販売するのではなく、店舗で一定額以上の買い物をしたお客がレシートを専用ハガキに添付して応募する形式だった。また、地域イベントのチケットを積極的に扱うようにした。

 こういった施策が奏功し、沖縄ファミマは徐々に劣勢から立ち直っていった。また、地元で展開していた競合のコンビニチェーンを吸収して店舗数も増やしていった。現在、沖縄はローソンとファミマの2強体制になっている。

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最終更新:5/17(金) 12:55
ITmedia ビジネスオンライン

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