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たった一人の家族を亡くして 支えてくれたのは母の手紙と人とのつながり

5/17(金) 11:02配信

BuzzFeed Japan

度重なるがんと戦った母を2018年1月に亡くした山崎雅也さん(37)。

母から遺伝性がん「家族性大腸ポリポーシス(FAP)」の体質を遺伝した山崎さんは、病への不安を抱え、たった一人で残されて心の調子を崩してしまう。

そんな時に自分を支えてくれのは、母が自分の将来を想って遺してくれた手紙と人とのつながりだった。
【BuzzFeed Japan Medical / 岩永直子】

「天涯孤独になった」 大将にかけた電話

2018年1月29日、たった一人の身内である母を亡くして、山崎さんは途方にくれた。

葬式を出すにしても呼ぶ人はいない。

その時、なぜあの「大将」を思い出したのかはよくわからない。

時折、暇つぶしにするパチンコ店で顔見知りになり、ジュースの奢り合いをするような付き合いとなった造園業の親方だ。妻を7年前に亡くし、子どもがいないその人に可愛がってもらい、「大将」と呼んでいる。

3年ぐらい前に「仕事が暇な時に手伝いに来んさい」と誘ってくれ、数日手伝いに行ったこともあった。

母が亡くなる前、仕事の手伝いに行った時、スーパーの握り寿司を買ってくれて「うまいけえ、母さんに食べさせてやれ」と自宅に寄って母に渡してくれた。

「母も喜んでいました。ありがとうございます」とお礼を言うと、「礼なんてわしに言う必要はないんよ」と言ってくれた。

母を看取った夜、一人で家に帰り、なんとなく大将に電話をした。

「あの時のお寿司、ありがとうございました」とお礼を言うと、「その話ばかりするのう」と笑って返した。「実は今日、母が亡くなったんです」と告げると、「よう言ってくれたのう。葬儀はするんか?」と聞いてくれた。

「31日にします」と言うと、葬儀の日に来てくれた。棺を霊柩車に運ぶ時は、葬儀屋のスタッフ二人と一緒に担いでくれた。

「だから僕は遺影を持ったまま助手席に乗れました。だから大将には足を向けて寝られないんです」

住む場所もなくなる? 「母さんに会いたい」と自殺未遂

親戚づきあいとは縁が切れており、本家に連絡すると、「墓は入れてやるし、初盆には白い盆灯篭を出すけれども、それ以上は一切する気はない」と突き放された。「天涯孤独の身になった」と実感した。

その後、しばらくどうやって生きていたかも覚えていない。

四十九日の納骨を終えてから自暴自棄になって遊びまくった。

貯金も尽きた頃、追い討ちをかけるように母名義で住んでいた公営住宅から、「これからも住み続けるには親族の保証人が必要です」と言い渡された。

相談した大将は、「役所に交渉して見つからなかったら俺がなってやる」と言ってくれていた。でも、親族から見限られているぐらいなのに、他人にそんなに甘えられない。家族も失い、家も失う。自分にはもう何も残されていないのだと感じた。

ふと、四十九日の法要で寺の住職から「もうお母さんは浄土に行って懐かしい人たちと会っている」と言われたことを思い出した。

「僕もそこに行きたい。母さんに会いたいと思いました。死の向こう側に行けば会えると思ったんです」

母は40代半ばから、統合失調症も抱えていた。2018年の5月連休の最後の日、母が残していた19種類の薬の1ヶ月分を一気に飲んだ。

昏睡して目覚めたのは2日後だった。ベッドの下で体を動かそうとしたら足がほとんど動かない。手だけでリビングを這って入院に必要な下着などを用意し、119番にかけて救急車を呼んだ。

「人間の生存本能なのでしょうね。家の鍵も渡して、救急隊員さんに鍵もかけてもらいました。よほど生きたかったのでしょう」

運ばれたのは母が亡くなり、自分もかかっている広島大学病院で、そのまま3週間入院した。抗精神薬を大量に飲んだ結果、体が動かない「悪性症候群」の他、脱水や肺炎も起こしており、「1日遅れていたら死んでいたよ」と言われた。

普段から家族性大腸ポリポーシスを診てくれている消化器内科の主治医が診察した。先生は母が亡くなったことも知っていた。

「一人になって寂しいという気持ちは全部わかってあげることはできないけれど、でも山崎君が今生きているということは、多分そういうことなんじゃないかなと思います」と言ってくれた。たぶん、かける言葉がないのだろうと思ったが思いやりを感じた。

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最終更新:5/24(金) 19:12
BuzzFeed Japan

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