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アフリカの発展 サッカー通じて貢献したい ザンビアのチームに入団 中町公祐選手 奮闘

5/18(土) 6:01配信

上毛新聞

 サッカー明治安田J1の横浜F・マリノスに昨季まで所属していた、群馬県の高崎高出身のMF中町公祐選手(33)が今年1月、アフリカ・ザンビアのチームに入団した。サッカー選手としての活躍だけでなく、アフリカにサッカーボールを送ったり、現地の医療体制の改善を目指す中町選手が、日々の生活などを紹介する。

◎コラムを寄稿 チャレンジ精神が人生の軸

 こんにちは、中町公祐です。私は今年の初めから、アフリカ中南部に位置するザンビアのゼスコ・ユナイテッドFCでプレーしています。これからサッカーや現地の生活、アフリカの魅力や抱える問題などをお話しできたらと思います。

 私は埼玉に生まれ、小2で前橋に引っ越しました。文武両道を目指して高崎高に入り、卒業後、湘南に加入。同高初のJリーガーになりました。クラブと並行して慶大に入り、卒業後は福岡、横浜Mでプレーを続けてきました。

 常勝軍団の横浜Mではボランチとして7年間プレーし、選手会長やJリーグ選手会副会長を歴任。昨オフには横浜Mから2年契約の打診を受けました。私は湘南を4年で戦力外となり、一度はアマチュアでプレーし、またJリーグに戻った選手。そんな自分が長い間、横浜Mでプレーできたことは本当に幸せなこと。打診を受け入れ、計9年間プレーすることも誇らしい選択だったと思います。

 ただ、いつからか、プロサッカー選手として、どういう足跡を残せたのか、考えるようになりました。自分はチャレンジ精神が人生の軸。他の人がやっていないことをやりたいという気持ちが強い。誇りを持てる道を考えた末に、出てきた答えがアフリカでした。

 私は2013年から、友人のNPO法人を通じ、アフリカの子どもたちにサッカーボールを送る活動をしています。私は2015年、生まれてきた長男を生後43時間で亡くしており、それからアフリカ諸国の医療水準の低さにも関心を持つようになりました。

 現役としてアフリカでプレーすれば日本人の目がアフリカに向き、また、アフリカ人の目も日本に向くのではと考えました。私をきっかけとし、ボランティアに興味を持ったり、両国の企業が互いに進出することになればうれしい。私の移籍が両国の発展に貢献できれば意義のあることだと思います。

 移籍と並行し、日本とアフリカの懸け橋につなげようと、NPO法人「Pass on」を設立しました。また、今年の8月には横浜市でアフリカ開発会議が開かれ、世界の目が注がれます。サッカー選手としてどんな活動ができるのか、考えてやっていきたいと思います。(上毛新聞紙上で随時掲載していきます)

《略歴》なかまち・こうすけ

 1985年9月、埼玉県生まれ。前橋ジュニア―前橋Jrユース―高崎高―湘南―慶大―福岡―横浜M。ニックネームは「マチ」。174センチ、74キロ

最終更新:5/18(土) 6:01
上毛新聞

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