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【特集】西日本豪雨 災害弱者はどう動いた?求められる備えは 岡山

5/18(土) 14:30配信

KSB瀬戸内海放送

 去年7月の西日本豪雨で、岡山県内では災害関連死を含め73人が亡くなりました。犠牲になった人の多くは自力での避難が難しい高齢者や障害者などの「災害弱者」でした。要配慮者とも呼ばれる災害弱者は、あの日どのような行動を取っていたのか。そして求められるものとは。

あの時、聴覚障害者は…

 倉敷市真備町を流れる小田川のすぐそばにある住宅街。ほぼ全ての家が2階まで浸かりました。被害を受けた住宅街に住んでいた白神百合子さん(71)。豪雨の夜は自宅で過ごしていました。

(白神百合子さん)
「アルミ工場の爆発の音が背中から頭を突き上げてくるような、それで外に飛び出して」

 耳が不自由でも爆風を感じ、倉敷市の実家に避難できました。

「もし主人がいなくて、もし補聴器もなかったとしたら、本当に困っただろうなと思います」

 白神さんの友人、菊池ミドリさん(72)も補聴器がないと耳が聞こえません。

(菊池ミドリさん)
「これ(補聴器)が命の次に大事なものです」

 避難先の岡田小学校で困ったのは、補聴器の電池がなかなか補充できなかったこと。支援物資として避難所に届けられたものの、避難所のどこに置かれたのかが分からなかったのです。

(菊池ミドリさん)
「誰でもわかる、そんなとこに(電池を)置いてもらったらよかったなと思いました」

 2人は、自分たちと同じような災害弱者が犠牲になったことが一番つらかったといいます。

(白神百合子さん)
「隣近所の交流、支えあい大事だと思う特に障害者の方とか病気を持った人とか高齢者の家庭の把握は絶対しとくべきだと思いますよ」

近所で頼れる人がいない 視覚障害者の場合

 岡山市のアパートで暮らす55歳の男性は目が全く見えず、近所に知り合いもいません。食事などは週に5回来るヘルパーに任せていますが、掃除や洗濯は自分でします。
 男性が視力を失ったのは34歳の時、緑内障が原因でした。視力を失ってからは鍼灸師として働いています。

 仕事を終えた後の一杯が一番の楽しみです。豪雨の日もいつもと変わらない夜を1人で過ごしていました。

(目が不自由な男性)
「お酒飲んで寝ようかなと思ったときに(音声)メールが結構入ってきてたんで、市の方から。気付いたら冠水してた」
  
 この地区は大人の膝あたりまで水に浸かったそうですが、男性の部屋はアパートの2階だったため無事でした。

「そこの川が決壊でもしてたら、おそらく2階まで来てたんじゃないかな」

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最終更新:5/18(土) 14:30
KSB瀬戸内海放送

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