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桂銀淑「日本に戻りたい」 演歌の女王は今…本紙電話直撃に明かした胸中

5/19(日) 11:11配信

東スポWeb

 近い将来の日本復帰はあるか? 1980~90年代に日本で活躍した歌手の桂銀淑(ケイ・ウンスク=57)が本紙の電話取材に応じた。2007年に覚醒剤取締法違反の容疑(所持)で逮捕された桂は翌年国外に強制退去処分となって以降、韓国で活動中。15日には37年ぶりとなる新アルバム「Re:Birth」をリリースしたばかりだ。いまだ日本に再上陸を果たせていないが、NHK紅白歌合戦に7年連続で出場した“演歌の女王”は今何を思っているのだろうか。その肉声とは――。

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「日本は私が若いときに過ごした思い出のあるところ。もう一度戻りたい気持ちがあります」

 桂は開口一番、そう口にした。

 77年に韓国でモデルデビューをした桂は、作曲家の浜圭介氏に見いだされ、84年に来日。翌年「大阪暮色」でデビューすると「すずめの涙」「夢おんな」などヒット曲を連発した。90年にアルバム「真夜中のシャワー」で第32回日本レコード大賞アルバム大賞を受賞。88年から94年まで7年連続で紅白歌合戦への出場を果たした。ついた愛称は“演歌の女王”だ。

「歌は抜群にうまかった。独特のハスキーボイスが日本人の心を打ち、夢中にさせましたね」(ワイドショー関係者)

 ところが、01年に人生が暗転する。借金トラブルに巻き込まれ、心身ともに疲弊。07年に覚醒剤取締法違反で逮捕されたことが影響し、ビザの延長が認められず、国外に強制退去となった。現在も日本への再上陸は果たせていない。

 また、韓国でも14年に詐欺罪で起訴、翌15年には、またも覚醒剤で逮捕されるというトラブルの雨アラレ。だが、ここにきてようやく歌手活動を再開させ、新アルバム発売に至ったというわけだ。

 そんな桂に本紙が電話で直撃。すると、飛び出したのが冒頭のセリフだった。

「今でも日本のみなさんには謝りたい。申し訳ありませんでした。これまで山あり谷あり、いっぱいあった。歌ひと筋でやってきたが、仕事がうまくいかなくなり、借金を抱えて薬物にまで手を出してしまった。生きた心地がせず、苦しかった」

 桂によると、第一プロダクションから独立した後、新会社を立ち上げるため、家を担保に入れ、1億円の借金をしたという。だが、20年来のマネジャーがいなくなったことで歯車が狂いだす。

「私は韓国人なので、日本では右も左もわからない。どうやって芸能活動を進めればいいのか…。すべてがうまくいかなくなりました。しかも腎盂(じんう)炎まで患い、2時間のコンサートも耐えられなくなったんです。それで薬物に手を出してしまいました」

 栄華を極めてからのまさかの転落。母国に帰国してからも苦しみの日々が続いた。ようやく再起を果たしたが、現在はどうなのか。

「一生懸命復帰しようと立ち直りました。借金も清算が終わり、体も心も絶好調です。新アルバムのタイトル『Re‥Birth』は、まさに生まれ変わった私の思いを込めてつけました」

 桂の悲願は再び日本でのコンサート開催だが、難しい問題が立ちはだかる。出入国管理法第5条には「麻薬、大麻、あへん、覚醒剤又は向精神薬の取締りに関する日本国または日本国以外の国の法令に違反して刑に処せられたことのある者」と定められており、法務大臣が特別に許可しなければ原則的に数年間は入国禁止なのだ。

「韓国でも刑罰を受けているので、いつ認可されるかは定かではありません」と芸能関係者。

 それでも桂は諦めてはいない。

「私の好きな言葉は『愛』。言葉も通じず、文化も習慣も違う国から来た私は日本人からたくさんの愛をいただきました。もうおばあちゃんですが、今こそ愛の恩返しをしたい。またファンの前で歌いたいです」

 最後に、本紙記者が「薬物にはもう手を出さないか?」と聞くと「一切ない。卒業しました。私の生きざまを見せる」と力強く言い切った。

最終更新:5/19(日) 18:49
東スポWeb

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