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松江兄弟しのぶ 若松で法要 称える会初主催

5/19(日) 10:51配信

福島民報

 会津若松市出身でベートーベン作曲「交響曲第九番合唱付」の国内初演を導いた松江豊寿と、南洋開発に尽力した松江春次兄弟の顕彰法要は十八日、会津若松市の高巌寺で営まれ、参列者が兄弟をしのんだ。

 毎年、会津第九の会が主催してきたが、昨年夏に市民有志らが兄弟を顕彰する「松江豊寿・春次の偉業を称(たた)える会」を設立したため、称える会主催で初めて行った。約三十人が参列した。

 飯盛正徳称える会会長が「二人の生き方は会津人の指標だ。偉業を心に刻み、次世代に引き継ぐ」と祭文を読み上げた。斎藤勝副市長、目黒章三郎市議会議長、亀井俊明全日本「第九を歌う会」連合会名誉会長(元徳島県鳴門市長)、小熊慎司会津第九の会会長、若狭春生松江春次顕彰会長らが焼香した。

 昨年は第九の国内初演百周年を迎え、初演地の鳴門市や福島県で記念事業が催された。亀井名誉会長は「今後も会津と交流し、鳴門からの感謝を伝えたい」と話した。参列者は市内の大塚山墓園にある松江家の墓も訪れた。

 豊寿は第一次世界大戦時に鳴門市の板東俘虜(ふりょ)収容所長を務めた。人道的処遇に感謝したドイツ人捕虜が第九を日本で初めて演奏した。春次は国策会社「南洋興発」を創立し、サイパンで製糖事業に成功した。古里の会津工高機械科創設にも力を尽くした。

最終更新:5/19(日) 10:51
福島民報

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