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「膝撃ち姿勢で無差別射撃」と書かれた戒厳軍指揮官の手記を公開

5/19(日) 9:11配信

ハンギョレ新聞

「噴水台前に布陣し一斉に応射しているではないか」 5月21日の錦南路の現場を指揮した 空輸部隊の大隊長の記録を発見 「自衛権により発砲」という新軍部の主張に反論 「真相究明委が究明せよ」意見高まる

 5・18光州民主化運動当時、戒厳軍の無差別発砲を記録した空輸部隊大隊長の手記が発見された。ハンギョレの連続報道で提起されたカービン銃による犠牲者数の操作、死体遺棄・民間人虐殺疑惑や発砲命令者などを究明するには、一日も早く5・18真相究明調査委員会を稼動しなければならないという声が上がっている。

 「死を越えて時代の闇を越えて」の共同著者であるイ・ジェウィ博士は、17日に5・18記念財団の主催で開かれた5・18学術フォーラムで発表した論文(「軍の5・18歪曲操作に対する資料分析」)を通じて、5・18当時、第11空輸旅団62大隊長だったL中佐が作成した手記を公開した。公開された手記には、次のような内容が書かれている。「運命の13:00(中略)兵力はまるで昔の戦場で横隊膝撃ちで敵を攻撃するような姿勢で噴水台の前に布陣し、一斉に応射しているではないか。(中略)後退している群衆への無差別射撃を中止させなければという考えが稲妻のように頭をよぎった」

 特に「横隊膝撃ちで敵を攻撃するような姿勢で」という部分と「後退している群衆への無差別射撃を中止させなければ」という部分について、イ博士は「横に隊列を作って膝撃ち射撃したというのは、防御のレベルではなく、誰かの指示によって一斉射撃が行われたという証拠」だと主張した。

 L中佐の手記は、陸軍本部軍事研究室で発行した「光州事態作戦参加要員手記」(88年・27件)に含まれていないもので、85年以前に作成された可能性が大きいとイ博士は主張した。80年5月21日、錦南路(クムナムロ)の集団発砲現場にいた第11空輸62大隊長だったL中佐の手記は「公式な軍の文書に劣らず重要だ」というのがイ博士の指摘だ。

 L中佐の手記の内容は、保安司令部505保安隊が作成したと思われる「光州騒擾事態」という機密文書に編綴された発砲命令文書とも脈絡がつながっている。ここには「80年5月20日23時15分、戦教司(戦闘教育司令部)および全南大学付近の兵力に実弾装填および有事の際の発砲命令下達(1人当たり20発)」と書かれている。当時、チェ・セチャン第3空輸旅団長は5月20日午後10時30分、「警戒用実弾」をすでに支給しており、この時の発砲で市民4人が死亡した。軍では実弾の配布は発砲命令と同じとされる。

 特に、北朝鮮軍投入説など5・18光州民主化運動の歪曲・蔑視が深刻化する状況で、国民統合のためにも与野党が真相究明に乗り出すべきだとの指摘が出ている。キム・ドンチュン聖公会大学教授(社会学)は「5・18をめぐる状況は、真相究明なき過去事整理と政治的妥協による赦免復権が持つ限界をあらわしている」とし、「実体の真実を解明するためには、今からでも急いで真相調査委員会を進めなければならない」と述べた。軍人の証言と関連記録を確保する制度的装置も急がれる。チョ・ジンテ5・18記念財団常任理事は「数々の疑惑が提起されている時点で戒厳軍などが積極的に情報提供できるよう配慮する案も検討しなければならない」と話した。

チョン・デハ記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

最終更新:5/19(日) 9:11
ハンギョレ新聞

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