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【日本ダービー】藤沢和雄調教師、平成元年のダービー糧に最高のランフォザローゼスで2度目栄冠狙う!

5/21(火) 6:06配信

スポーツ報知

◆第86回日本ダービー・G1(5月26日・芝2400メートル、東京競馬場)

 第86回日本ダービー・G1(26日、東京)で、無敗の皐月賞馬に待ったをかける存在に注目。ランフォザローゼスで挑む藤沢和雄調教師(67)=美浦=は、平成元年に受けた“衝撃”を糧に、令和元年に2度目の栄冠を目指す。

 日本ダービーは、ホースマンにとって最高峰の舞台だ。時代は平成元年(1989年)。開業2年目で当時37歳だった藤沢和調教師も、思いは同じだった。希望を胸に送り込んだロンドンボーイは、のちの競馬観を大きく変える馬になる。22着で終えたあと、函館で2戦を消化。しかし、競走生活は、そこでピリオドが打たれた。出走までの過程、そして東京2400メートルでのハードな戦い。負担が大きすぎたのだ。

 「生き残った馬が、最終的にオープンまで行く。それより素質があっても途中でいなくなったという例は、ロンドンボーイだけではない。そういうことを早い時期に反省するきっかけになった。馬の一生は短い。それが何歳であっても、一番いい状態の時に走らせてあげなければいけない」

 ダービーに出すこと、そして優勝することは、目標であっても目的ではない。次に藤沢和厩舎の馬が出走馬に名を連ねたのは2002年。実に12年の空白があった。話題を呼んだ4頭出し。シンボリクリスエスが2着、マチカネアカツキが3着に入った。翌年は、ゼンノロブロイが2着。あと一歩という結果を残念がるより、次のステージでの活躍の方が重要だった。

 「ダービーを目指すことに対するジャッジは厳しくなった。あの時は、耐えられると思った4頭だった。使わなかったことも勉強で、負けたことも勉強。クリスエス、ロブロイは、ここがピークという状態ではなかった。だからこそ、その後に成長してくれた。育てたというおこがましい表現ではなく、ダメージを残さないようにすれば育つものだと思った。人間が邪魔してはいけない」

 ダービートレーナーとして、その名を刻んだのは2017年。19頭目の出走馬レイデオロが、ついに世代の頂点に立った。そこで考えたのは、やはり、馬にとっての“その後”。ダービーに対して距離を置いていたように映る藤沢和師が、人一倍、重みを受け止めていた。

 「今度は、それにふさわしい成績を残していかなければいけない。勝ったら疲れてしまうのがパターン。レイデオロの場合、まだ余力があって次の年も走った(天皇賞・秋優勝)が、そうでない場合は厳しいのかもしれない。このことは、勝たせてもらって初めて分かった」

 令和元年の今年は、青葉賞2着の1勝馬ランフォザローゼスで臨む。余裕を持って育て、皐月賞ではなく青葉賞からダービーという路線は、クリスエスやロブロイをはじめ、厩舎の多くの馬が歩んできた。

 「クリスエスもロブロイも、青葉賞を勝って『いける』と思っても、かなわなかった。ただ、この馬は上り調子できている。使い込んでいないから、上がり目は十分にある」

 3歳春。競走生活は“これから”の方が長い。伸びしろを意識しながら、現時点での最高のパフォーマンスを引き出す。ダービーに向かう藤沢師の視線は、いつもゴール板の先にある。(浜木 俊介)

 ◆藤沢 和雄(ふじさわ・かずお)1951年9月22日、北海道生まれ。67歳。87年に調教師免許を取得し、翌年開業。JRA賞は、最多勝利12度、最高勝率9度、最多賞金獲得8度。現役調教師では最多のJRA通算1447勝。今年の桜花賞(グランアレグリア)などG1・28勝を含む重賞114勝。

最終更新:5/22(水) 15:07
スポーツ報知

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