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世界GPへの挑戦から誕生したホンダ・アナザーストーリー! VFR~RC30にウットリ!!

5/20(月) 7:00配信

バイクのニュース

V4の市販モデルは意外にもクルーザータイプが最初だった

 ツインリンクもてぎ(栃木県芳賀郡茂木町)内のホンダコレクションホールには、歴代のレーシングマシンもずらり勢揃いしています。なかでも異彩を放っているのが「NR500(0X)」です。

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 1967年シーズンをもってロードレース世界選手権(WGP)から撤退していたホンダでしたが、10年以上が経った1979年に参戦復帰を果たします。当時は2ストローク4気筒が主流でしたが、ニューマシン「NR500(0X)」の独創的なアルミモノコックフレームに積まれていたのは4ストロークV型4気筒エンジン。さらに前輪16インチの組立式コムスターホイール、ドライブスプロケット同軸マウントのスイングアームなど、ホンダの技術が集大成したものでした。

 ただし、WGPでは輝かしい結果を残せず、1982年には軽量コンパクトで高出力な2ストローク3気筒エンジンを積んだ「NS500」をホンダは投入。主力マシンの座を譲りますが、84年にはV型4気筒の「NSR500」がデビュー。2ストロークではあるものの、ホンダV4の技術は着実に受け継がれていったのです。

 市販車でのV4エンジンの歴史は、そんなレーシングシーンとはイメージのかけ離れたクルーザーモデルから始まっているのも、じつに興味深いところです。“VF750”シリーズで、国内向けには1982年4月に「VF750セイバー」「VF750マグナ」が発売されます。Vバンク角を90度とすることで、一次振動を理論上ゼロにし、オートバイでは油圧式クラッチを世界初採用するなど高級志向でした。

 V型は並列エンジンに比べ幅が狭く、より深く車体を寝かせられますが、前後長が長く、フロント荷重が得難いところがあるため、北米市場を視野に入れたアメリカンタイプが先行して開発されたのだと考えられます。

 並列エンジンより製造コストもかかるV型エンジンですが、同年12月にはロードスポーツモデルの「VF750F」や「VF400F」もリリース。ナナハンはレーサーと同じ構造の角型断面フレームや世界初のバックトルクリミッター機構を採用するなど、サーキットからフィードバックされた技術的が惜しみなく投入されていました。デイトナ200マイルなどで勝利し、その実力を証明。1982年には「RS1000RW」のホモロゲーションモデル「VF1000R」が登場しています。

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最終更新:5/20(月) 8:36
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