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kyo(D'ERLANGER)- Key Person 第2回 -

5/20(月) 10:32配信

OKMusic

紆余曲折を経て培った強さがあるから今こうしていられるし、新しい作品に向かう力も持てる

J-ROCK&POPの礎を築き、今なおシーンを牽引し続けているアーティストにスポットを当てる企画『Key Person』の第2回は、HIDEがリーダーを務めていたバンドで知られる横須賀サーベルタイガーなどを経て、1988年にD'ERLANGERに加入したkyo(Vo)。バンドは1990年にメジャーデビューするも、その年末には解散。その後もそれぞれソロ活動やバンド活動を続け、2007年に解散時の4人が揃って奇跡の再結成を果たした。そんな再結成からの現在までを“強くて深くて、充実した12年”と語るkyoに、ここに至るまでの道のりを訊く。

運命に逆らえなかったというか“カッコ良い=入りたい”だった

──小さい頃から“ロック歌手になりたい”という明確な夢があったというkyoさんですが、音楽を人前でやり始めたのはいつ頃だったのですか?

中学校の休み時間に箒を持って当て振りでやったりしましたね(笑)。ちなみに僕、Wikipediaとかだと高校中退だとか、違う高校に行ったことになってるんですけど、高校は卒業しています(笑)。とはいえ、“ロックは中退だな”と思ったのが高校2年生だったかな? 1学期の後半から学校に行かなくなって、とりあえず楽器屋でバイトをしようと思って入り浸っていたんですけど、“高校生は雇わないよ”と言われて。僕はバンドをやってプロになりたいから学校を辞めようと思ったんで、親を説得するのに“こういう仕事を見つけてきたから”と言わなきゃいけないと伝えたら、“じゃあ、休みの時においで”と言ってくれたんです。そこで知り合った人もたくさんいて、いわゆる自分のコミュニティー、地元とか学校の友達以外の人とそこで知り合ったりするんですけど。

──もともとはギタリストだったのですよね?

ギタリストって言うと、ギタリストに殺される(笑)。歌が本当に好きでよく歌っていたんだけど、親に“音痴だ”って言われて“俺、音痴なのか”って思ったんです。でも、ロックスターに憧れていたからギターをやって、高校1年生の時から学園祭に出てましたね。その時、ヴォーカルがいなくて。なんとなくヴォーカルはカッコ良い奴がいいんだけど、カッコ良い奴がいないから…うぬぼれてますよね。“じゃあ、俺が弾きながら歌う”って(笑)。それでやった時に多分ギターが酷かったんでしょうね。あとから友達に“ヴォーカルに専念したほうがカッコ良いんじゃない?”って言われたんですよ。その時はジャパニーズメタルが流行っていたので、ギターがないほうがマイクスタンド捌きとかができてカッコ良いなと、おだてられたところに乗りました(笑)。

──1983年にD'ERLANGERが結成されて、kyoさんは1988年に加入されるわけですけど、その時のD'ERLANGERに対するイメージは?

もともとカッコ良いバンドだと思っていたんです。僕が横須賀サーベルタイガーをやっていた時に大宮フリークスのイベントで一緒になったことがあるんですけど、とにかくギターのCIPHERには“なんじゃ、このカッコ良いギターは!?”って思いました。ありがたいことに向こうも同じような価値観を感じてくれたみたいで、“HANOI ROCKS好き?”とか話していて。未だによくふたりで話すのが、“当時自分たちの周りに、BOØWY好きって言えるのは他にいなかったよね”っていう。打ち上げのトイレで隣同士になった時に、そういう会話をしてから仲良くなったのがきっかけなんです。

──でも、その前に加入の話が1回なくなったこともあったそうですね。

単純に前のヴォーカルの曲のままだとキーが合わなくて、なんとなくイメージが沸かなかったんですよね。それで話がなくなってしまったので、僕は僕で頑張ろうと思っていたんですけど、1年も経たないうちにD'ERLANGERが変化するタイミングで、もう1度声が掛かったんです。前にイメージが合わなかったことがあるから、多少躊躇したんですけど…なんでしょう、運命に逆らえなかったというか。カッコ良いと思っていたバンドでしたから、“カッコ良い=入りたい”だったんだなって。

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最終更新:5/20(月) 10:32
OKMusic

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