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【世界から】皇室とオランダ王室をつなぐものとは

5/21(火) 16:22配信

47NEWS

 天皇の代替わりに伴い、年号も平成から令和へと変わった。日本はもちろん、ヨーロッパ各国でも、この話題はトップニュースとして扱われた。オランダでも、主要テレビ局がこぞってこの慶事を放送し、各局は一日中、報道合戦を繰り広げた。

 日本の皇室はオランダ王室と一歩踏み込んだ交流を持つ。例えば、日蘭友好400年記念(2000年)にオランダで開催された「皇室コレクションにみる宮廷装束と意匠の美」展のために王室は同国東南部にあるヘット・ロー宮殿を貸し出した。また、06年には王室の招待を受けた当時の皇太子と雅子妃が同宮殿に隣接するヘット・アウデ・ロー城に滞在。王室メンバーが家族水入らずでもてなした。目的は、雅子妃に休暇を取ってもらうことにあった。つまり、王室側が考慮を重ね、皇室側に粋な計らいを見せた、というわけだ。ちょうどこのころから、雅子妃を中心とした特別な「日蘭交流」の構図が出来上がっていったといわれている。その理由は、王室メンバーの中に、雅子妃とよく似た経歴の人物が2人いることにあるとされる。

 そのうちの1人は、ベアトリックス前女王の配偶者・クラウス公である。現在のウィレム・アレクサンダー国王の父親にあたるクラウス公はドイツ出身。職業は外交官だったが、女王との婚姻によって王室の一員となった。その気さくな人柄から王室メンバーはもちろん国民からの人気も高かったが、深刻な鬱(うつ)に悩まされるようになる。その病状はなかなか良くなることはなく、公務に支障をきたすまでに深刻化。欝が悪化した時期と、反抗期を迎えた王子たちとの軋轢(あつれき)が重なったこともあり、これぞ王室の危機か、とまことしやかにささやかれたこともあったそうだ。妻であるベアトリックス前女王が、心身をささげ彼の看病に心を砕いたことはいうまでもない。この経験があったからこそ、王室メンバーやその側近たちは、適応障害に悩む雅子妃の心情を察し、心からのもてなしを申し出たのだろうといわれている。

 もう1人は、ウィレム・アレクサンダー国王の配偶者、マキシマ王妃だ。アルゼンチン出身の彼女は4カ国語に堪能、なおかつ聡明(そうめい)で明るい女性である。米・ニューヨークの大手銀行に勤務していた1999年に、とあるパーティーで現国王と出会った。その後、求婚された時に「あなたが王子で、将来はオランダの国王になるって? 冗談でしょう?」と大笑いしてまるで本気にしなかった、というエピソードを持つほど陽気で気取らないキャラクタ―で国民からも絶大な人気を誇る。

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最終更新:5/21(火) 16:25
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