ここから本文です

合併しない宣言で有名「超ワンマン」町長がいた小さな町 15年の時を経て、記者が訪ねた…元町長は何語る

5/27(月) 7:00配信

withnews

 かつて「合併しない宣言」や住基ネットへの接続拒否で全国的に有名になった福島県の小さな町があります。「超ワンマン」と自任する町長が町を引っ張り、国や県と対立し、多くの報道陣も押し寄せました。当時を取材していた記者が15年ぶりに町を訪れ、功罪について考えました。(朝日新聞福島総局・古源盛一)

【画像】地震の被害を心配…なのに動物の写真? 震災を経験した福島の動物園が北海道へ送った言葉がこちら

すぐそこは茨城

 福島県の南端に位置する矢祭町。東北新幹線の新白河駅から車で1時間20分、町中心部から5分も車で走れば茨城県境です。国の1級河川・久慈川の上流部に沿って田畑が広がり、名産はユズやコンニャク。5月はツツジが咲き誇り、間もなくアユの時期を迎えます。

 メインストリートの国道は通行車両が多いものの、人通りはほとんどなく、商店はどこかさみしげ。どこにでもありそうな地方の町ですが、一躍有名になったのが2001年の「合併しない宣言」と翌年の住基ネット接続拒否の表明でした。

 根本良一町長(当時)が国の方針に相次いで反対し、片山虎之助総務相(当時)と舌戦を繰り広げ、新聞やテレビは大きく取り上げました。合併しない宣言では少なくない小規模自治体に「勇気」を与え、全国から自治体関係者の視察が相次ぎました。

 私は2001年秋~04年春まで福島県で働き、一時期は矢祭町に日参し、「名物町長」を追っていた1人でした。18年春から再び福島で働き始め、平成から令和に変わる直前の4月下旬、福島の平成史をたどる企画の取材で町を訪れました。

「超ワンマン」ぶりは健在

 町職員が同席した中で15年ぶりに会った根本さんの印象は当時と変わらずでした。現在81歳。町長を6期24年務め、07年に引退後は家業の家具店の経営者に戻りましたが、町の財政状況の数字をそらんじてみせ、時折、眼光鋭く職員をしかりとばします。「超ワンマン」ぶりは健在です。

 15年のマイナンバー導入で町が『やむをえない』と全国で最後に住基ネットに接続したことについて、「私はね、そのことは今も一文句あるんですよ。矢祭町長としてはそういう答弁はあってはならない。マイナンバーも(国から地方自治体への)委託事務ですから、私ならば委託は受けません。返上します」と自信満々に話しました。

 合併しない宣言後、町は「独立独歩・自立できる町」を目標に掲げました。全国から約40万冊の書籍が寄付された「矢祭もったいない図書館」の開館(07年)や議員報酬の日当制の導入(09年)などです。自立できる町に向け、「可能な限りを尽くしたと思っている。考える限りは実行したと」と振り返ります。

 しかし、町の人口は00年の7062人から15年には6348人に(いずれも国勢調査)。令和になった5月1日現在は5764人と、ほかの地方の町の同じように人口が減っています。自信たっぷりに話す根本さんでしたが人口減少については「予定通りだが、ちょっと早いかな。それでも自立できる町は財政上を見ればできている」と少し言葉を濁しました。

1/3ページ

最終更新:5/27(月) 13:46
withnews

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事