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人生の岐路…引退発表の上原浩治に21年前エンゼルス交渉担当者は言った「巨人へ行きなよ」

5/21(火) 6:26配信

THE PAGE

 巨人の上原浩治(44)が20日、都内のホテルで引退を発表した。上原は溢れる涙を何度もハンカチで拭いながら「もう今年で辞めることは最初から決めていた。3か月が勝負と決めていたが、キャンプから2、3、4月と練習していく中で一度も1軍に上がることなく2軍で投げさせてもらっても抑えていないという葛藤もあった。8、9月くらいになるとチームが首位争いになっていく中で、自分がこういう会見とかをするのは違うと思った。それなら早く決めて終わりたい。そういう思いだった」と、引退理由を説明した。

 昨年10月に左膝を手術。故障続きだった肉体に大きな不安はなかったが、「投げれる状態だったが、2軍で通用してなかった。気持ち的に後ろ向きになった。来年があるのであれば、もうちょっとがんばろう、1年やろうと思うが、来年はないと決めていたので気持ちと体がなかなか一致しなかった」という。

 上原の引退を特別な気持ちで受け止めていた人がいる。1998年のドラフト当時に、エンゼルスのアジアの責任者として大体大の上原との交渉を進めていた本多達也氏(62)だ。阪神の編成時代にランディ・バースやセシル・フィルダーなどの大物助っ人の獲得に成功した人物としても知られる。

 この年、日本のプロ野球のドラフトでは逆指名制度が導入されていたが、近鉄、巨人、そしてエンゼルスの3球団の争奪戦となり、最初に近鉄が脱落、巨人、エンゼルスの一騎打ちとなり、最後に上原は、巨人を選んだ。もし上原が大体大からメジャー入りしていれば、アマチュアからプロ野球を経ずにメジャー入りする大物選手の第1号となるところだったのである。

「日米で21年もやったのか…ビックリだね。あのときは、まさかここまでやるとは思っていなかった」

 本多氏は、大体大の3年時から上原に目をつけていた。6月に行われた日米大学野球で第3戦に先発、8回を投げ14三振を奪い日米のスカウトから注目を集めた。

「ストレートが速い。フォークがあって三振がとれる。そして彼の代名詞であるコントロールは、このときから抜群に良かった。私はセットアッパーで1年目からすぐにメジャーで使えると評価して球団にレポートを出した。チームには長谷川がいたし心強さもあった」

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最終更新:5/21(火) 7:48
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