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人生の岐路…引退発表の上原浩治に21年前エンゼルス交渉担当者は言った「巨人へ行きなよ」

5/21(火) 6:26配信

THE PAGE

 レンジャーズ、レッドソックスと、ユニホームが変わる中でセットアッパーからクローザーとしてのポジションを確立して2013年にはレッドソックスのワールドシリーズ制覇に貢献して胴上げ投手となった。
「やっぱり体が強かったんだろうね。それに彼の人間力。高校時代は無名だったけれど野球をやるために、この世に生まれてきたような選ばれた人間だったんだと思う。巨人で1年目から20勝して、優勝もタイトルもとってメジャーでも先発、セットアッパー、クローザーとして活躍した。ワールドシリーズの胴上げ投手にもなっている。誰も経験できないようなことを経験した。本当にいいキャリアだったと思う。そして、今回の引き際も素晴らしかった」

 本多氏は、21年前の上原に思いを巡らせて感慨深げだった。

 上原は引退会見で「手を抜いて投げたことはない。今年も若い選手と一緒に練習したし、手を抜いて練習していたことも自分の中では一切なかった」と口にしたが、本多氏は、そういう上原の人間力が、日米通算134勝、128セーブ、104ホールドの大偉業につながったと見ている。上原は「中途半端。どのポジションでまっとうしたわけでもなく中途半端に先発、中継ぎ、抑えとやっちゃったという感じ」と謙遜したが、メジャーでも2人目、もちろん、日本人初の記録で、おそらく今後も破られそうにない金字塔である。

 引退会見で上原は、「野村(克也)監督の書籍の中から、いっぱいいい言葉があった。桑田さん工藤さんという素晴らしい先輩方からの言葉もたくさんいただき、村田さんからも我慢という言葉をいただいた。色んな方からいい言葉をいただいた」と、多くの関係者への感謝の意を述べたが、ひょっとすると、このエンゼルス担当者の一言も、彼の野球人生の大きな道標になっていたのかもしれない。エンゼルスに入団していれば、最後、巨人の選手として引退会見を行うこともなかっただろう。
 上原は「巨人に戻ってくるということは正直考えていなかったので、そういう状況で自分を取ってくれた鹿取さん(当時GM)、由伸(当時監督)には感謝しているし、こういう場を設けてくれた球団に感謝している」と言った。
 今日から始まることになった“第二の人生”について上原は「プロ野球選手に対しては、全員がプロなので、正直教えることはあまりないと思う。だったらアマチュアで、自分が教えた選手たちがプロに入っていくという、そういう子たちを育ててみたいという気持ちは今でもある」と語った。

 本多氏も大賛成だ。
「プロ野球の監督は向いていないかもしれないが、先発、セットアッパー、クローザーを日米で経験しているんだからいい投手コーチにはなると思う。でもアマチュアの指導者が似合っているかもしれないね。彼なら、その人間力や経験で、まだプロアマの間に残っている壁や高野連が抱えている問題もぶち破ってくれるかもしれない」

 現在、高校野球では投手の球数問題などクリアしていかねばならない問題が山積みになっている。横浜DeNAの筒香嘉智も問題提起した。ハッキリとした物言いで、発信力があり、日米の野球、そして何度も故障を経験してきた上原ならば、今の野球界を根底から改革するような存在になれるかもしれない。

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最終更新:5/21(火) 7:48
THE PAGE

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