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春樹が三島について語っただって!?―ジェイ・ルービン編『ペンギン・ブックスが選んだ日本の名短篇29』(新潮社)ほか―栗原 裕一郎による書評

5/22(水) 18:00配信

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◆村上春樹に誘われて

〔1〕ジェイ・ルービン編『ペンギン・ブックスが選んだ日本の名短篇29』(新潮社・三八八八円)を買うつもりになったのは、村上春樹の翻訳で知られる編者がどんな短篇を選んだのかという興味以上に、村上による序文が気になったからだった。新刊アナウンスに、村上が三島由紀夫の解説を書いたとあったのだ。

春樹が三島について語っただって!?

村上は三島のことを、ずっと「読んでない、興味がない」と突き放してきた。そんな村上が三島の作品を論じたというのだから事件だ。しかもルービンのセレクトは、あの「憂国」である。この切腹小説について村上は、作品世界の「是非はともかく、ここに描かれたひとつの想念の徹底した純化ぶりに、文学として評価すべきものがあることは認めないわけにはいかないはずだ」と述べていた。苦しげである。

それにしても、ルービンの日本文学に対する目配りの広さと深さはちょっと驚異的だ。「いったいどこからこんなユニークな短編小説を見つけ出してきたのだろう?」と村上も舌を巻いている。関東大震災から原爆を経て三・一一へと至る「災厄 天災及び人災」と題した章で締め括(くく)った構成も感慨が深い。

村上は、小説の書き方を、小説よりも音楽から学んだと言ってきた。なかでもビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンは特別な場所に置かれている。〔2〕ジム・フジーリ『ペット・サウンズ』(新潮文庫・五二九円)は、ブライアンの極点とされる同題のアルバムを一冊かけて論じた本だ。翻訳は村上。現在でこそビートルズの名盤に並ぶ評価を得ているこのアルバムだが、長らく理解されず、ブライアンは精神を病んでいった。

不幸な少年時代を『ペット・サウンズ』に救われたフジーリは、精神の感応に従い「崩壊の瀬戸際にある青年の、悩みや傷心や不安や寂寥(せきりょう)の物語」を聴き取る。熱く、冷静に。村上は「ブライアン・ウィルソンの音楽が僕の心を打ったのは、彼が『手の届かない遠い場所』にあるものごとについて真摯(しんし)に懸命に歌っていたからではないだろうか」と書いたことがある。ほとんど、ある時期までの自分の作品を評した言葉のように響く。

ベストセラー作家ベン・グリーンマンの手を借りた〔3〕『ブライアン・ウィルソン自伝』(松永良平訳、DU BOOKS・三二四〇円)が邦訳された。自身の口で語られる創作をめぐるあれこれは、興味深いものの、ファンには既知のことが多いかもしれない。注目すべきは、精神が崩壊に瀕(ひん)した最悪の時期の話でも不思議にトーンが明るいことだ。「素敵(すてき)なものがなくなるのを見るのは、とてもつらいよね」なんて具合に。まったく彼の音楽と同じトーンなのだ。

[書き手] 栗原 裕一郎
評論家。
1965年神奈川県生まれ。東京大学理科1類除籍。
文芸、音楽、経済学などの領域で評論活動を行っている。著書に『〈盗作〉の文学史』(新曜社。 第62回日本推理作家協会賞)。共著に『石原慎太郎を読んでみた』(中公文庫)、 『本当の経済の話をしよう』(ちくま新書)、 『村上春樹を音楽で読み解く』(日本文芸社)、 『バンド臨終図巻 ビートルズからSMAPまで』(文春文庫)、『現代ニッポン論壇事情 社会批評の30年史』(イースト新書)などがある。

東京新聞 2019年5月掲載

栗原 裕一郎

最終更新:5/22(水) 18:00
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