ここから本文です

仏像背負う奇祭「ヤセゴゼ」とは 岡山県北の集落に伝わる行事

5/22(水) 20:42配信

山陽新聞デジタル

山陽新聞デジタル

 仏像を背負ってお堂の周囲を回る“奇祭”が美作市と勝央町境の山中で受け継がれている。その名は「ヤセゴゼ」。どんな祭事だろう。所作、名前を知るにつれ好奇心が募るものの、過去に本紙で紹介した形跡すらない。ひよっとして苦労せずに痩せられるのだろうか…。淡い期待を抱き、12日に催された小さな集落の伝統行事に足を運んだ。

 美作市街地から中国道に沿ってしばらく西へ進み、山道を登って到着した。美作市上相の間山(はしたやま)地区。午前9時すぎ、住民や参拝者が20人ほど集まっていた。

 「(仏像を)背負って右回りに3度回って。しゃべったらだめ。無言で。念じてください。かないますからね」。杉山達詞さん(68)が「ヤセゴゼ」のしきたりを参拝者に優しく教えていた。

 仏像は木造で、高さ30~50センチ程度の6体があった。うち2体は裏に「昭和参年作」(1928年)と墨書されていた。

 参拝者は杉山さんらから仏像1体を受け取って背負い、お堂の周囲を順番に回って無病息災や家内安全などを静かに願っていた。

福を授かる

 「ヤセゴゼ」はお釈迦様の生誕を祝う旧暦4月8日の仏生会に合わせて行う。いわゆる花祭り。この日も参拝者に甘茶が振る舞われた。行事を受け継ぎ、接待しているのは間山地区の6戸と市町境で勝央町曽井に入る2戸を含めた計8戸の住民たち。

 お堂は、かつて栄えた高福寺跡に現存する薬師堂。住所では曽井に位置し、寺跡は町史跡に指定されている。

 「ヤセゴゼ」は江戸時代の美作地方の地誌・東作誌に「痩御前」と記述されている。「県史 民俗1」(1983年発行)によると、昔は裸で仏像を背負った。周囲の見物客が「おかしいか、ヤセゴゼ」とはやしたてて一斉に笑う。背負った者は「眠たいがこうじて、おかしゅうもござらん」と応じる。眠気よけとも、笑わなければ福を授かるとも言われていたようだ。

 「美作町史 地区誌編」(2004年発行)では昭和初期までは露店が並んでにぎわったと記録している。間山地区の男性(67)は「戦後になっても私が小学生の時、学校が終わってからお参りに訪れると、地域の年配の人らであふれていた」と振り返る。

1/2ページ

最終更新:5/22(水) 20:42
山陽新聞デジタル

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事