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「幸島のサル」三戸サツヱ 芋洗うサルたちに「人情」重ね【あの名作その時代シリーズ】

5/23(木) 18:00配信 有料

西日本新聞

母親の胸に抱かれおっぱいを吸う赤ちゃんザル=宮崎県串間市の幸島

 「あの名作その時代」は、九州を舞台とした作品、または九州人が書いた著作で、次代に残すべき100冊を選び、著者像や時代背景、今日的な意味を考えながら紹介するシリーズです。西日本新聞で「九州の100冊」(2006~08年)として連載したもので、この記事は06年6月25日付のものです。

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 日南海岸の南端、宮崎県串間市市木は、時間が止まったようだった。照り付ける太陽、生い茂る亜熱帯植物。海岸に沿って続く一本道は、人影がまばらだ。過疎の波に洗われているのだ。だが、三百メートルほどの沖合に浮かぶ幸島(こうじま)の名は、世界中の霊長類研究者が知っている。周囲四キロの小さな島で「サルにも文化がある」という驚くべき発見がなされたのである。

 瀬渡し船で数分、幸島に渡った。ビロウ、バナナ、アコウ…。懐深い森には百匹ほどのサルが住む。六月は出産シーズンで、この日も母子ザルが浜辺に現れた。子ザルの目はつぶらで、キラキラと輝いていた。

 「私しゃ何事にも三日坊主だけどさ、サルだけは続いたね。サルって面白いからねー」

 幸島の対岸に住む三戸サツヱさんは、島のサルたちを半世紀以上にわたって見詰めた。九十二歳。今も自転車に乗り、求められれば、一緒に幸島に渡る。年齢を感じさせないエネルギーは島のサルや周囲の自然からもらったものに違いない。

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 さるたちは 若き世代になりぬれど 昔かわらぬ みどりの島影

 三戸さんの事務所に掲げられている書は、日本の霊長類研究に先鞭(せんべん)をつけた故今西錦司氏の筆による。今西氏ら京都大学の研究者が幸島を初めて訪れたのが一九四八年。翌四九年からサルの観察が始まった。当時、三戸さんの両親が旅館を営み、研究者がその旅館を利用したことから三戸さんもサルの観察に興味を持った。小学校教諭の傍ら、研究者が大学に戻った留守の間の観察を引き受けた。

 「日曜日には必ず幸島に渡ったねー。サルの顔を見分けるコツも自然と身について、若い研究者に教えるまでになりましたよ」

 忘れられないサルたちがいる。ボスだったカミナリは、常に群れの安全に気を配り、浜に乱入した犬とも勇敢に戦った。一番メスのウツボは、死んだ赤ん坊がミイラ化しても離さず、五十九日間も一緒に過ごした。乳がんにかかったメスのサンゴは、三戸さんに抱きかかえられて車で宮崎大学まで運ばれ、そこで力尽きた。 本文:2,048文字 写真:1枚

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西日本新聞

最終更新:5/23(木) 18:00
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