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【レジェンド語る】斎藤隆氏「いい選手が集まった」

5/24(金) 19:20配信

カナロコ by 神奈川新聞

 ベイスターズが日本一に輝いた1998年を語る上で欠かせないのは、右のエースとしてチームトップの13勝を挙げた斎藤隆(49)だ。横浜大洋最後の92年に入団し、98年には野村弘樹、三浦大輔ら強力投手陣をけん引して日本シリーズでも2勝。2015年の現役引退まで日米7球団を渡り歩いたが、プロ生活の半分以上を過ごしたベイスターズへの思い入れはやはり強い。

 入団7年目の1998年。マシンガン打線に加え、投手陣も充実し、チームは38年ぶりの日本一へ駆け上がった。

 斎藤 本当にいい選手が集まっていた。駒田(徳広)さんが巨人から移籍してきたり、スカウトの方がローズを連れてきてくれたり。2013年に楽天でも優勝したけれど、98年の横浜は強くなるべくしてなったという感じです。

 自分は(97年の右肘手術から復帰して)リハビリ後の1年だったのでとにかく無我夢中。2位になった97年は戸叶、福盛とか若い選手が台頭しているのを入院先のテレビで見ながら、「なんで優勝するかもしれない時に自分がいないんだ」っていう孤独感とつらさがあった。だから98年はあの輪の中にいたいという思いだけで頑張っていた。

 投手陣の中でも「誰が(チームの)連勝を止めるか」という話題になったのは後にも先にもあの年だけ。ピッチングをちゃんとしていれば、2、3点差はすぐひっくり返してくれましたからね。四球を出すぐらいなら打たれてリズムよくゲームをつくった方が勝ちに近づくこともあの年に学びました。

 横浜の街が青一色になって熱く盛り上がる優勝への期待。優勝が懸かった10月8日の阪神戦(甲子園)で、権藤博監督が先発に指名したのは年間を通してエースとして働いた斎藤だった。登板当日の朝のことは今でも鮮明に覚えている。

 斎藤 ホテルのドアをノックする音が聞こえて、掃除のおばちゃんかと思ったら権藤さんだった。「後半戦は軸になって投げてくれたからおまえでいく」と。前の晩から決めていたみたいだけれど、プレッシャーにならないように知らせるのを朝にしたんじゃないかな。指名されただけでなんかうれしくて、感極まりながらウオーミングアップしていましたね。

 優勝マジックが点灯してからは横浜のホテルが照明でカウントダウンしてくれたり、関内周辺はもうすごくて、パレードでは景色が一変しました。全部見慣れている景色なのに、どこにいるのかまったく分からなかった。人に埋もれると街並みってこんなに変わるんだと。

神奈川新聞社

最終更新:5/24(金) 23:53
カナロコ by 神奈川新聞

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