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【コラム】Yes or Yes の人々

5/24(金) 9:28配信

ラグビーリパブリック(ラグビーマガジン)

■「やるか、やらないか」というゲインライン攻防で競り勝つのはそう簡単ではなく…

 山賀敦之さんは、トップイーストディビジョン1に加盟するセコムラグビー部で副部長を務めている。同部での現役時代は丸太のような体躯でスクラムを活かしてきただけでなく、毎年作成する選手名鑑にいわゆる「変顔」を載せるなどユーモアの人としても知られてきた。

 いまは社業に携わりながら、愛するラグビーの現場へ出向く。埼玉は狭山市内の本拠地以外へも、である。5月上旬に足を運んだのは、東京・府中朝日フットボールパーク。7人制日本代表の強化合宿にあたるセブンズデベロップメントスコッド府中合宿で、かつてセコムで一緒にプレーした岩渕健輔ヘッドコーチ、いまのセコムから練習生の扱いで参加するフィシプナ・トゥイアキと顔を合わせに来たようだ。

 筆者が山賀さんへ挨拶に出向くと、改めて名刺を差し出してくれた。トゥイアキと同じ練習生で栗田工業所属のベン・ポルトリッジがボールを持ったのを観て、「彼のこと、ずっといい選手だと思っているんですよ」といった風に声を弾ませる。
 
 話題が自軍の体制に及ぶと、山賀さんはさらに愛を込めた言葉を重ねる。特に、現役時代からファンだったという「ミヤッキー」こと三宅敬ヘッドコーチのプランニングについて熱っぽく語り、他のコーチ陣の名を1人ひとり挙げながら、「うちは、スタッフが凄いんですよ」と続ける。

 話を聞いて、筆者は「この人、本当にすげぇ」と心で思った。

 公式ホームページによれば山賀さんは筆者より8学年上の人生の先輩。年長者に対して「すげぇ」などと感じ、それを表明するのは僭越なこととはわかっている。それでも山賀さんが自然と口にする言葉に、山賀さんが社会生活で培った人格やラグビー人生で掴んだ底力を見た気がしたのだ。こちらが山賀さんの「スタッフ」への求心力について問う時までこんな風に返されたのだから、余計に恐れ入る。

「僕が頼りないから、皆が助けてくれるんです」

 きっとこの日は、仕事の合間を縫って訪れていたのだろう。山賀さんは練習途中に顔見知りのファンの女性へも「失礼します!」と深々と頭を下げ、グラウンドを後にした。

 フリーの書き手を名乗ってラグビー場に出入りするようになったのは2006年秋頃。短くはなさそうな職歴を通し、この手の「すげぇ」は何度も体感してきた。文字量の都合などから記事化にしにくい「すげぇ」のシーンをかき集めたら、一冊のビジネス本ができ上がるのではと思うほどだ。

 著名人に気づきを与えていただいた例のひとつは、現イングランド代表監督のエディー・ジョーンズさんとのやりとりだ。日本代表を率いてワールドカップ3勝を挙げるよりも4年前、サントリーの指揮官として所属選手に関する取材をさせていただいた時のことだ。

 ワーカホリックとも言われるジョーンズさんは約束の時間通りに指定の場所へ現れ、筆者と握手をして着席する。取材開始時になってのそのそとノートやICレコーダーを鞄から取り出す筆者を見て、笑って諭した。

「イイ、ジュンビネ」

 お恥ずかしい話だが、筆者が「アポイントのある取材の際は必要な道具をすぐに取り出せるようにすべき」という一般的なたしなみに気づいたのは、この瞬間だった。要は、当時29歳の自分がボンクラだったという話に過ぎないのだが、ジョーンズさんが日本代表時代に示した緻密で厳しい練習計画の策定、ワールドカップ直前の合宿へ初戦で笛を吹くレフリーを呼ぶ勝利への執念は、この「イイ、ジュンビネ」の一言へ内包させられるような。

「僕はいつもタックルのできる奴に悪い奴はいないと言っています。ディフェンスのできる奴は周りに配慮ができ、思いやりのある奴なんだ」
 
 こう話したのは、元日本代表FLの梶原宏之さんだ。日川高校の監督をしていた2011年の夏に雑誌の取材のため、滞在先の菅平高原のホテルで対面。大広間へ案内してもらうや、筆者と同行カメラマンのコーヒーを用意していただいたことに恐れ入った。

 最近では、現サントリーで日本代表定着を目指す梶村祐介さんの態度と言葉も心に残る。

 明大時代に何度か取材をさせていただくなか、当時のサントリーを率いていた沢木敬介さんに19歳以下日本代表の指揮官と選手として初対面した時の思い出を「僕はそれまで怒ってもらえる選手ではなかったのですが、沢木さんに本気で怒ってもらえて嬉しかったです。自分に対するハードルの甘さをなくさなければと思いました」と振り返ったり、目標とする選手に当時からジャパンの常連だった立川理道さんを挙げ「立川さんのような頭も使えて、身体も張れる選手になりたいです」と話していた。明大の後輩は口を揃えて「カジさんは、本当にストイック」と証言。梶村さんは、本当に、そういう人なのだと感じる。

 ちなみに「頭も使えて、身体も張れる」は、梶村さんと立川さんが務めるインサイドCTBの理想像とも言える。このインサイドCTBの件に限らず、「よき〇〇とは」の答えは大抵、現場での取材談話にある。

 ラグビー界という肥沃な地で「すげぇ」のエキスをすすってきたのなら、いわゆる「仕事のできる人」とか「世間に影響力を与える成功者」になってもおかしくはない。しかし実際、筆者が近しい人に言われるのは「いつまで経っても成長しねぇなぁ」である。

 自分でもその通りだと思う。気まぐれでやや意固地な気質も手伝ってか、本稿で紹介させていただいた方のような謙虚さや抜け目のなさを自分のものにはできていない。同じ失敗を何度も繰り返しては、途方に暮れている。

 しかし、ちょうど本稿執筆時期にインタビューが叶った某強豪大監督から、雑談の延長でこんな旨の話をいただいた。思わず膝を打つ。

「よく色々な場所で、チームを強くした秘訣を話してくださいと言ってもらいます。何か、魔法のようなことがあるように思ってもらうこともあります。でも実際のところ、そんなに特別なことはしていないんです。やっているのは、当たり前のことなんです(筆者注・大人数の部員に異なる目標設定やアプローチ方法を定めたり、選手同士のミーティングを活性化させて規則正しい寮生活を成り立たせたりといった施策)。ただ、その当たり前のことをやるか、やらないか、というだけなんです」

 そう。自分の不出来を棚に上げて言えば、「すげぇ」を放つ人たちは、「多くの人がその人と同じようにできない」かもしれない点も含めて「すげぇ」のではないか。

 すべての人に頭を下げるのだって、朝から晩まで頭と身体を動かすのだって、周りの人に気を配るのだって、常に成長への意欲を失わないことだって、文字に起こせば「特別」なことではないのだろう。一方で「その当たり前のことをやるか、やらないか」というゲインライン攻防で競り勝つのはそう簡単ではなく、少なくとも筆者は簡単に競り負けている。

 今年の9月にはこの国で初めてのワールドカップがあり、その後もいつまで続くかわからない記者生活のレールを駆けてゆく予定だ。ずっと誠実で、ずっと力強くいられる自信はない。確かなのはその場、その場で感じた「すげぇ」をなるたけ誇張せずにお伝えできるよう努めることのみだ。


【筆者プロフィール】
向 風見也(むかい ふみや)
1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学部卒。2006年よりスポーツライターとなり、主にラグビーに関するリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「スポルティーバ」「スポーツナビ」「ラグビーリパブリック」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(共著/双葉社)。『サンウルブズの挑戦』(双葉社)。

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