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令和になってもジャンボ鶴田さん最強説…金曜8時のプロレスコラム

5/24(金) 8:04配信

スポーツ報知

 全日本プロレスによる「ジャンボ鶴田メモリアルマッチ」が20日、東京・後楽園ホールで行われた。全日本プロレス社長の秋山準(49)が西村修(47)、鈴木鼓太郎(40)とトリオを結成し、全日本最古参の渕正信(65)、大森隆男(49)、ブラックめんそーれ組と対戦した。

【写真】ジャンボ鶴田さんの元祖「オーッ!」

 初代三冠ヘビー級王者のジャンボ鶴田さんが2000年5月13日に49歳で亡くなってから19年になる。令和の時代になっても、このメモリアルマッチが恒例行事として続いていることをうれしく思う。

 まずは秋山組が鶴田さんの初期の入場テーマ「チャイニーズ・カンフー」で入場。1970年代のディスコミュージックが懐かしい。赤と青に白い星が3つ入ったショートタイツの鶴田さんが、ロープを飛び越えて入場してきそうだった。そして、渕組は「ローリング・ドリーマー」で入場。鶴田さんが自ら歌ったヴォーカル入りレコードを思い出す。「出会いの数だけ 別れがあると わかっているのに 恋をする」まさに、「人は誰でもローリング・ドリーマー」だ。

 試合は秋山が鶴田さん直伝のジャンピングニーやバックドロップを繰り出し、最後は自らの必殺技、エクスプロイダーでブラックめんそーれを押さえ込んで勝利した(9分23秒、体固め)。渕が鶴田さんの遺影を持って出場者が記念撮影を行った後、秋山に促されて渕が、右手を高く突き上げる鶴田さんの決めポーズ「オーッ」を四方のコーナーに上って行い、会場を盛り上げた。その後ろで、この試合を裁いた和田京平名誉レフェリー(64)も右手を突き上げていた。退場時のテーマは「J」だった。

 「ジャンボ鶴田メモリアルマッチ」が行われるようになったのは、全日本プロレスが秋山社長の新体制になった2014年からだった。和田京平レフェリーらが、鶴田さんの遺族(保子夫人、長男・祐士さん)と会談し、その年の5月16日の後楽園ホール大会で渕正信、井上雅央組vs秋山準、金丸義信組として実現したのだ。それから5月シリーズ(SUPER POWER SERIES)の後楽園ホール大会での開催が恒例化し、これまでに菊地毅やザ・グレート・カブキも参加しているが、秋山、渕、そして和田レフェリーが、欠かせない存在になっている。

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最終更新:5/24(金) 9:23
スポーツ報知

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