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フィクションとドキュメンタリーのハイブリッドで加速する『アメリカン・アニマルズ』の面白さとは

5/24(金) 12:00配信

CINEMORE

※本記事は物語の核心に触れているため、映画をご覧になってから読むことをお勧めします。

 若い多感な時期に、人生を変えるような“決定的な”映画作品との出会いを経験することで、映画を観る習慣ができたという人は少なくない。『アメリカン・アニマルズ』も、そんなきっかけになり得る力を持った作品の一つだ。

 ケンタッキー州の学生たちが、大学図書館に所蔵されている時価1,200万ドルのヴィンテージ本を盗み出す計画を立て、犯行に及んだという、2004年に起きた実際の事件。この“映画のような実話”を基にした映画が、本作『アメリカン・アニマルズ』だ。ここでは、そんな本作が映画として、多くの観客を惹きつける力を持ち得た理由を、その特異な手法を中心に考えていきたい。

若さが追い求めるもの

 主人公は、“何か”を待ち望んでいる男子大学生たちである。多くの人に心当たりがあるように、学生時代には何の実力もないのに、自分はいつか“特別な存在”になれると夢見ていたりするものだ。しかし、そんな甘い願望は、日々のなかで徐々にしぼんでゆくことになる。自分を引き上げ、特別な何者かにしてくれるような“何か”と出会い、それを自分のものとするためには、才能と、たゆまぬ努力と、運が必要だからだ。

 バリー・コーガン演じる、アーティスト志望の学生であるスペンサーも、そのひとりだった。しかし、彼は出会ってしまう。大学の図書館に所蔵されている、ジョン・ジェームズ・オーデュボンによって描かれた巨大な画集、「アメリカの鳥類」に。

 鳥類学者であり画家でもあるオーデュボンは、北アメリカの鳥たちの姿をきわめて正確にとらえ、まるでそれらが生きているように、いきいきと鮮やかに、そして詳細に描き出している。「アメリカの鳥類」は、長い年月をかけた観察と技術のたまものである。それこそ、若者が望んでも手に入れ難い業績であり成果だ。

 スペンサーは、それをあろうことか“盗み出そう”とする。もちろん、盗み出した画集を売って大金を手に入れることが第一の目的であることは確かだ。だが彼の深層にあったのは、特別なものを奪うことで、漠然と自分自身も、インスタントに特別なものになれるという考えがあったのだろう。

 彼は悪友のウォーレンとともに、女性事務員が一人だけ見張っている、警備が手薄な展示室から画集を盗み出す計画を立てる。運転手役となる仲間を連れてきたり、見取り図を作ったり、売却ルートを探したり。クエンティン・タランティーノ監督の『レザボア・ドッグス』(92)の一場面のように、仲間を色の種類で呼び合おうとすらする。まさに“ゲーム感覚”で犯罪計画を楽しむのである。

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最終更新:5/24(金) 12:01
CINEMORE

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