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日本政府が派遣した輸送船がイラクのミサイル攻撃に晒されていた「葬られた危機~イラク日報問題の原点~」

5/25(土) 18:03配信

AbemaTIMES

 政府の説明とは異なり、「きいすぷれんだあ」は、戦場の中にいたということになる。橋本さんは報告書を作り、船会社を通じ外務省に提出した。

 「23時5分頃、又、大小の爆発音」
 「安全地帯かどうかというよりも戦闘地域との感じがあります」
 「本船入港当時は、戦場であった」

 しかし、この報告書の内容が国民に知らされることはなかった。今回、情報開示請求で入手した、「きいすぷれんだあ」に関する文書には、この報告書も含まれていたが、報告書は無期限の極秘とされていた。

 「きいすぷれんだあ」は、91年3月に無事帰国する。政府からは感謝状が贈られたが、ミサイル攻撃について話題にする政府関係者はいなかった。

 恒子さんは「ひっそりと帰ってきた 隠すみたいに」「マスコミなど一切何もなかった」、高山さんも「報道がなく、なぜだろうと思った。一船員が行かないはずだった戦場に入ったからでしょう」と振り返る。

 政府は「きいすぷれんだあ」を派遣している間も、自衛隊の派遣について検討を重ねていた。そして湾岸戦争の終結後、海上自衛隊の掃海部隊をペルシャ湾に派遣する。その後、自衛隊の海外活動は防衛出動、災害派遣と並ぶ基本的な任務となった。イラク派遣以降、自衛隊の訓練は、海外での実戦を想定した内容になりつつある。

 政府によって派遣された中東貢献船「きいすぷれんだあ」が晒された危機。その事実が伏せられていたことを、関わった人々は今、どう評価するのか。

 元外務省北米局長の松浦さんは「当時の私の国会答弁を見てくださいよ、予算委員会で連日やり、さらには外務委員会、大蔵委員会を全部やっているから、こういう個々の問題は、ほぼ徹夜の連続だから申し訳ないけど、下に全部授権していたから。文書は公表されるべきでないが攻撃の事実を公表すべきだったかは、自問自答して返事が出てこない」。草川元衆院議員は「戦闘地域だった…今の日報問題と同じ。国会の問題で改めてこういう事実があるじゃないかと議論しないといけない」と話した。

 また、元運輸省海上技術安全局の戸田さんは「国会で公開していいことなんて何もない。うるさいだけ。こんな中身まで国会で質問されて答えられる話ではない。余計な労力がかかるじゃないですか忙しいときに。国会に呼び出されて、野党が“お前らこんなこと隠している“なんて言われたら能力が3倍あっても4倍あっても足りない。だから知らせないで済むことは知らせない」。

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最終更新:5/27(月) 15:22
AbemaTIMES

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