ここから本文です

テレ東・佐久間Pが明かす“特別な人”伊集院光…共演の興奮と思い出

5/26(日) 0:00配信

ニッポン放送

テレビ東京のプロデューサー・佐久間宣行がパーソナリティを務めるラジオ番組「佐久間宣行のオールナイトニッポン0(ZERO)」が放送され、佐久間が14日(火)放送されたTBSラジオ「伊集院光とらじおと」にゲスト出演し、そこで伊集院とCM中に語った驚きの裏話や、1988年から放送されていた「伊集院光のオールナイトニッポン」の思い出、初めて伊集院と仕事をした時のエピソードを明かした。

佐久間は以前から、好きだったラジオ番組が話題になると必ず「伊集院光のオールナイトニッポン」を挙げており、今回も「やっぱり伊集院さんは僕にとって特別な人なんですよ」と表現。「伊集院光とらじおと」への出演前夜、夢にまでみた共演に興奮して寝付けなかったと明かし、佐久間が中学1年生のときに伊集院のラジオ番組に出会ってから、先日の共演に至るまでを語った。

「小6ぐらいの時に初めて自分の部屋をもらい、父親が買ってくれたステレオのミニコンポでラジオを聞くようになった。1988年ぐらいの頃で中学1年生のとき、たまたま起きていた水曜日の深夜3時にやっていたのが、『伊集院光のオールナイトニッポン』。面白かったよね。

ある日、伊集院さんが番組の中で『“はがゆい”って言葉、アイドルみたいな名前じゃない?』 って急に言い始めた。それから妄想トークが始まり、ラジオリスナーも『アイドル・芳賀ゆい(はがゆい)は、裏ではこんな子だ』と、キャラクターを膨らませて、最終的に『星空のパスポート』という曲を奥田民生さんが書いて CD デビューし、握手会までした。伊集院さんの妄想が、リスナーとどんどん転がって膨らんでいって、それがものすごい面白くて。リスナーと妄想を共有する、みたいな。だからさ、(伊集院との共演前の夜に)眠れるわけないよね。

僕がテレビ東京に入社して 3年目、当時では最年少で企画が通ったんです。一番最初に好きになった芸能人に頼もう、と思って伊集院さんにオファーしたら引き受けてくれた。だから、僕が初めて企画を通した番組でMCをしてくれたのが伊集院さん。伊集院さん、オセロ、オダギリジョーさんという、今思うと謎のキャスティングでバラエティを始めました(笑)。

最初の収録がすごく思い出深くて、カメラが回る前、伊集院さんがオセロとオダギリジョーさんに『これは実験的な番組だし、僕もMCに慣れていないし、佐久間君も初めての番組だから。どうなるか分からないからたくさん喋ろう。30分番組だけど関係ないぐらい喋って、それで佐久間君が編集をして(番組の方向性を)探っていこうよ』って。僕、そのとき泣いたからね(笑)。嬉しかった。

この番組は記者会見が設けられて、オダギリジョーさんが役者としてグンと行くぐらいの時期だったから取材陣が結構いたんです。会見前、僕はタバコを吸っていて伊集院さんも吸っていて、喫煙室のテレビモニターを見ていたらワールドトレードセンターに飛行機が突っ込んで、何これ……って思っていたら、伊集院さんも『何これ、何が起こったの?』って。すぐに緊急ニュースが入って、後ろからバタバタバターっと音がして、取材陣が全員帰った。それはそうだよね、当然。とんでもない事が起きているんだから。それぐらい強烈な思い出があって、番組がスタートしたんです。」

佐久間が初めてプロデュースしたこのテレビ番組だが、残念ながら番組は半年で終了。半年で終わった悔しさや恥ずかしさから、その後は伊集院に一度も仕事を依頼していないと明かした。

そして、ラジオ番組「伊集院光とらじおと」で17年ぶりに再会し、40分間にわたってお笑いやコント番組の話で盛り上がる中、改めて伊集院のトーク力に感服したという佐久間。

そして、番組がCM に入ると、伊集院は「いや~、ぜんぜん話し足りないね」とつぶやき、続けて「今度、佐久間さんのオールナイトニッポン(ゼロ)に行きますよ」と、さらりと告げたという。その時の伊集院の口調も冗談でなかったことから、佐久間は「伊集院さんが(オールナイトニッポンゼロに)出るかもしれません。王の帰還ですよ」と、興奮した様子で報告した。

(5月15日(水)深夜放送 ニッポン放送「佐久間宣行のオールナイトニッポン0(ZERO)」)

ニッポン放送

最終更新:5/26(日) 0:00
ニッポン放送

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事