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「令和」の由来 万葉集「梅の歌」が詠まれた背景は…?

5/26(日) 17:13配信

TOKYO FM+

さまざまな趣味と娯楽の奥深い世界をご紹介するTOKYO FMの番組「ピートのふしぎなガレージ」。5月18日(土)放送のテーマは「梅」。6月に入れば全国的に梅雨入り。そして「梅雨」という表現の通り、その時期は梅の実の収穫期でもあります。今年は今のうちから準備をして、食欲が落ちがちな暑い夏をサッパリした梅で乗り切りましょう!今回は梅について、TOKYO FMの番組の中で詳しい方に教えていただきました。

◆早稲田大学文学学術院教授 高松寿夫さん
「万葉集に詠まれた梅の歌」

── 「令和」のもとになった万葉集が話題ですね

新元号のもとになったのは、万葉集で梅の歌を集めた部分ですが、実は万葉集では、桜よりも梅を詠んだ歌の方が圧倒的に多いんです。梅の花の歌が120首くらいあるのに対して、桜を詠んでいる歌は50首あるかないか。梅とも桜とも言わずに「春の花」を詠んだ歌もありますが、それを桜に足しても120には届かないでしょう。

万葉集は、120~130年間の歌が集められているのですが、ずっと梅の花が詠まれているわけではありません。時期的には、奈良時代に入った710~720年代以降に詠まれています。今回、新元号のもとになった漢文の序文がちょうど720年代ですね。その序文と一緒に梅の歌が30首ちょっとまとめられているのですが、年代の分かる歌としてはそれらが一番古いです。

── その頃に梅が流行った理由は何ですか?

当時の日本は、中国に強い憧れを持っていたので、いかにも中国らしい花ということで人気が出たんだと思います。日本語で「梅」を「うめ」と読むのも、中国語の発音から来ているのではないかという説が有力です。

梅はそういう花だったので、花を眺めたり実を利用できたりしたのは、それなりに身分のある人だったのでしょう。新元号のもとになった漢文と、それに伴う歌を詠んだのも九州の太宰府にいた役人や貴族たち。当時は旧暦だったので、お正月がちょうど梅の咲く時期で、太宰府の長官だった大伴旅人が自分の屋敷に部下を集めて、梅の花見の宴会を開いたときの歌です。

── 「令和」はどのように登場していますか?

まず「初春令月」。これは「初春のとても良い月」という意味で、令には「素晴らしい」とか「麗しい」という意味があるんです。その後に「氣淑風和」と続くのですが、こちらは陽気が良くなって風も穏やかだと春の陽気を讃えています。そんな春の訪れのような良い世の中になってほしいという期待を込めて、原案を出した方は「令和」を考えたのでしょう。

その序文を書いたと思われる大伴旅人は「わが園に 梅の花散る ひさかたの 天より雪の 流れ来るかも」と詠み、散りゆく白梅の花びらを雪にたとえました。盟友の山上憶良も「春されば まづ咲くやどの 梅の花 ひとり見つつや 春日暮らさむ」と詠み、みんなで梅の花を楽しむ喜びを歌にしています。そんな感覚は今も昔も変わらないようです。

(TOKYO FM「ピートのふしぎなガレージ」2019年5月18日(土)放送より)

最終更新:5/26(日) 17:13
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