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野上弥生子「海神丸」 漂流船の殺人 守り抜いた尊厳【あの名作その時代シリーズ】

5/27(月) 18:00配信 有料

西日本新聞

厚い雲に覆われた豊予海峡。灰色に沈む海に浮かぶ船が小説の一場面と重なった

 「あの名作その時代」は、九州を舞台とした作品、または九州人が書いた著作で、次代に残すべき100冊を選び、著者像や時代背景、今日的な意味を考えながら紹介するシリーズです。西日本新聞で「九州の100冊」(2006~08年)として連載したもので、この記事は06年7月2日付のものです。

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 一九一六年十二月二十五日早朝、大分県の下の江港から男四人を乗せた一隻の船が出航した。宮崎県の日向寄りの海に散在している島々に向かったが突風にさらされて遭難。以後、見渡す限り太陽と大空と海よりほかにはない状況で五十七日間にわたって漂流し、ミッドウエー付近で日本の貨物船に救助された。

 野上弥生子の小説「海神丸」は、実話に基づいて書かれた。実際の船の名前は「高吉丸」。同県臼杵市にある野上弥生子文学記念館には、錆び付いた「高吉丸」の船名票と事件を報道した当時の新聞のコピーが展示されている。船長の渡辺登久蔵は、弥生子の生家に度々訪ねてくるような間柄で、弥生子は、実家の弟・小手川金次郎(一九七一年死去)が、渡辺本人から聞いた事件の話を手掛かりに、凄惨な殺人事件を書き上げた。

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 飢えて極限状態に置かれた八蔵と五郎助の胃袋は「巨大な歯を持った一つの怪物」と化し、船長の甥である少年・三吉を斧(おの)で殺し、その肉を食おうとする。が、さすがに三吉を食べるまでには至らない。救助された船長は、三吉の死について役人から尋問を受けるが、三吉の死をあくまで「病死」と主張するのだった。そんな船長を前に八蔵は、骨ばかりの両手で顔を覆って泣き崩れた。 本文:2,397文字 写真:1枚

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西日本新聞

最終更新:5/27(月) 18:00
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