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「それでもいいから会いましょう」 話せない…「空気」だった場面緘黙の私 「お面」で得た人とのつながり

5/30(木) 7:00配信

withnews

「もしかしたら病気かもしれない」

 大学は消去法で選んだ。実家から通えること、面接がないこと。幸い、テストの成績は良かったため、地元の国立大に入学した。それでも、ディスカッション形式の講義は会話に参加できない。単位を何度も落とし、留年を繰り返さざるをえなくなった。

 大学に入って7回目の初夏。たまたま受けていた医学系の講義の後、先生に呼び止められた。

 「君、もしかしたら病気かもしれないから、診察においで」

 そこで初めて「場面緘黙(かんもく)」という言葉を知った。

途切れ途切れの「こんにちは」

 場面緘黙とは、言葉を発することを求められる特定の場面で、話すのが難しくなる状態が1カ月以上続く「不安症」という精神疾患のひとつ。自分の意図した通りに体が動かせない「緘動」という症状もあることを知った。

 学校で声を出せず、体を自由に動かせず、トイレも行けない。それは、自分の性格や努力不足ではなく、名前のある病気。治療できることもわかった。

 「うれしかった……。うれしかったですね」。ほづみさんはかみしめるように振り返る。「できれば、もっと早く知りたかった」

 薬を処方され、定期的に面談に通った。最初は本当に話せるようになるか不安だったが、先生が示す改善の道のりを、一歩ずつ踏み出していった。

 先生に声をかけられてから5ヶ月後。途切れ途切れでも、「こんにちは」と言うことができた。

 面談の帰り道、電車を待ちながら見上げた空は、とても青く見えた。電車が近付いてくる遮断機の音も、鮮明に覚えている。

「それでもいいから会いましょう」

 症状も少しずつ快方に向かうと、家にいるときのような自分が「本当の自分」だと思えるようになってきたという。テキストやテロップを活用して、インターネットで着ぐるみの写真や動画を投稿するようになると、好意的な反応が返ってきた。自分の好きなことで、誰かとつながれる喜びを知った。

 ある日、同じ趣味を持つ人から「会いませんか」というメッセージが届いた。「僕の病気の特性上、お話がしづらいんです」と打ち明けると、「それでもいいから会いましょう」と言ってくれた。

 オフ会などに参加すると、着ぐるみを着ているときは、お互いにしゃべらないのが暗黙のルールとなっていた。ほづみさんがいるからではなく、言語のコミュニケーションを必要としない世界。そんなコミュニティが自分を受け入れ、背中を押してくれた。

 ほづみさんは、「僕にできることはまだあるかもしれない」と思うようになった。

 好きなことをやりたいと考えると、それはやはり着ぐるみだった。治療を始めて半年後、キャラクターショーのスーツアクターのアルバイトに応募した。家で話す練習を重ね、面接もスムーズにできた。

 初めてキャラクターショーに出演すると、お客さんがうれしそうに集まってきた。写真や握手に応じると、笑顔で帰っていく。着ぐるみとして接しているが、自分でも目の前の人を幸せにできるかもしれない。

 「消えたい」と思っていた自分だったが、初めて「人間の普遍的な幸せを得た」とほづみさんは話す。

 やっと、スタート地点に立てた気がした。

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最終更新:5/30(木) 7:00
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