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ルポ 平成生まれの東京人「辺野古へ行って基地を語る」

5/28(火) 11:36配信

Yahoo!ニュース

 私は、1990年(平成2年)に東京で生まれた。戦争や飢餓などで苦しむことはないものの、日本がこの先良くなるとも思えない時代の中を過ごしてきた。学生生活は、自分の人生が惨めなものにならないだろうか、という不安と隣り合わせだった。

 その不安と折り合いをつけるために、まずは経済的な安定を得る道を考えた。多くの友人がその道を進んだ。しかしながら私は、大学で様々な考え方を学ぶにつけ、学外で多様な人生と出会うにつけ、自らの”ものさし”を持てば不安が影を潜めることを知った。無くなったとは言えないまでも、少なくともその不安に左右されることはなくなった。

 ちなみに私の”ものさし”は実に単純で、自由そのもの、だ。のびのびと生きているかどうか、とも言える。自由のための羽根を鍛えながら、その務めを果たしていくことが、当面の生きる指針となっている。

 その”ものさし”に照らして、見過ごせないことがある。沖縄県・辺野古での米軍基地建設だ。

 沖縄は、太平洋戦争によって県民のおよそ4人に1人が亡くなったともいわれる甚大な被害を受け、その後も米軍による占領や度重なる事件・事故、過重な基地負担など、あらゆる不条理が凝縮されている。国土では日本の0.6%しかない沖縄に、日本にある米軍専用施設の70%が集中しているにもかかわらず、沖縄の中に新たに基地をつくる計画に対し、県民は強く反対している。

 もっとも本土にいると、このような沖縄の痛みや怒りを肌身で感じることが難しい。辺野古に足を運ぼうにも、那覇から北に離れた地に、どうやって行くのか、行ったあと何ができるのか、などといった情報がなかなかわかりづらい。

 こういった経緯から、辺野古への行き方や、現地の様子をできるだけわかりやすく伝える記事を書こうと思った。この記事を読んだ本土の人が、一人でも多く辺野古に足を運び、自分の目で見て考えてもらえればうれしい。

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最終更新:5/28(火) 11:39
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