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声を失う……その時、一番恐れたこと 難病患者が伝える言葉の価値 気管切開の盲点、病と戦うテクノロジー

5/30(木) 7:00配信

withnews

「行ってきます」「ありがとう」「いただきます」そして「好きだよ」――生活の中で意識せずに発している「声」。それが出せなくなった自分を、想像できるでしょうか。

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失わないと実感しにくい、声の役割。常にその可能性と隣り合わせのある難病の患者と、テクノロジーで患者をサポートする研究者に「声を失う」ことについて話を聞きました。(withnews編集部・朽木誠一郎)

「好きだよ」と他人に代わりに伝えてもらう?

『WITH ALS』代表の武藤将胤(まさたね)さんは、ALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病の患者です。ALSは、知性や感覚はそのままに、運動能力が衰えていく病気。症状が進行するにつれ、手足が動かなくなります。やがて呼吸もできなくなるため、延命治療には人工呼吸器が必要です。武藤さんも人工呼吸器をつけるための気管切開手術を受けています。

日本では2013年の調査時点で、約9,200人がこの病気を患っています。原因は不明で、病気の進行を抑える薬・症状を和らげる薬はありますが、特効薬はまだ、ありません。人工呼吸器を使わない場合、病気になってから亡くなるまでの期間はおおよそ2~5年とされています。人工呼吸器は命を救う重要な選択肢ですが、デメリットもあります。

その一つが「声を失う可能性」です。ALSにはもともと、声を出す機能が衰える症状があります。さらに、人工呼吸器をつけるための気管切開手術によって、空気の通り道に穴が空くことでも、声を出せなくなります。つまり、命を救うための選択が、声を出せなくなるデメリットと引き換えになっていたのです。「今でもそう思っている患者さんは多いです」と武藤さんは言います。ただし、自分の声で。

気管切開手術を受けたはずの武藤さんが、自分の声を出せる理由は、喉に装着した「スピーチカニューレ」と呼ばれる器具にあります。この器具により、気管切開手術を受けた患者でも、空気の流れを調整することで、自分の声を出し続けることができるようになるのです。

しかし、スピーチカニューレによる発声は上手くいかない場合もあり、ALS自体が声を失うことのある病気です。武藤さんも気管切開手術からスピーチカニューレ装着まで、しばらくは声が出せなくなり「ずっとこのまま(声が出せない)なのでは」と怖くなったと言います。

「声が出せないというのは、こんなにももどかしいものかと思い知りました。伝えたいことを透明文字盤と呼ばれる器具で介助者に読み上げてもらったり、視線入力装置で人工音声に読み上げさせたりといったことはできますが、一文字一文字を伝えるのに時間がかかりますし、やはりニュアンスが変わってしまうんですね」

声の抑揚や間といった要素により、言葉が与える印象は大きく変わります。声が戻るのか、心配する家族や友人らに「大丈夫だよ」と声をかけようとしたものの、介助者や人工音声による読み上げでは「大丈夫」ということが伝わらないのではないかと心配になったそうです。他にも、声が出ないとこんな言葉に違和感が。

「妻に『好きだよ』と伝えたいとき。こういう大事な言葉ほど、やはり他の人の声や、人工の声ではなくて、自分の声で伝えたいですよね。そう考えてみると、声というのは本当に、自分という人間を表す、個性そのものなのだと気がつきました。病気によってそれが奪われるというのは、とても残酷なことです」

結果的に、スピーチカニューレによる発声に成功した武藤さん。喜んだのは本人だけでなく、周囲もだったと言います。「最初の声を聞いた時に、妻が泣き出して。身近な人の声が失われてしまうというのは、本当にショッキングなことなのだとよくわかりました」(武藤さん)

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最終更新:5/30(木) 7:00
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