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「次郎物語」下村湖人 生きる意味を問う宿題【あの名作その時代シリーズ】

5/30(木) 12:30配信 有料

西日本新聞

しゃぼん玉で遊ぶ子どもたち。無邪気な笑顔は今も昔も変わらない=佐賀県神埼市の下村湖人生家

 「あの名作その時代」は、九州を舞台とした作品、または九州人が書いた著作で、次代に残すべき100冊を選び、著者像や時代背景、今日的な意味を考えながら紹介するシリーズです。西日本新聞で「九州の100冊」(2006~08年)として連載したもので、この記事は06年7月9日付のものです。

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 下村湖人が晩年を過ごした東京都新宿区百人町を訪ねた。湖人は庭に防空壕(ごう)を掘って戦時中も住み続け、疎開しなかった。逃げることが嫌いだったという。JR新大久保駅から歩いて数分。かつて湖人が住んだ木造住宅は八階建てのマンションになっていた。そこに住む湖人の二男・覚(さとる)さん(87)は、まるで昨日のことでも語るように、父・湖人を振り返った。

 「私が五、六歳のころだったでしょうか。遊びに行った唐津の砂浜で、父から波の中に放り出されたもんでしたよ」。波が怖くて背を向けた覚さんは荒波に押し倒され、したたかに海水を飲んでおぼれかけた。いよいよ、という時に湖人は覚さんを抱きかかえて豪快に笑ったという。

 「波に背を向けるからこうなる。波の方を向けば、倒れずにすむぞ」

 その言葉の通り、湖人は時代の波に背を向けることなく、生きることの意味を問い続けたのだった。

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 「次郎物語」は、主人公・本田次郎の心の揺れ動きと成長をきめ細かに描いた五部構成の大作である。一九三六年に書き始め、戦争の時代をまたいで十八年間にわたって執筆された。今でこそ不朽の教育小説といわれるが、第一部を出版した直後には「非教育的だ」「自由主義的だ」と非難された。

 「こんなにしつけが悪く、乱暴な子ども(次郎)の話などけしからん」という理由である。この国が急速に軍国主義に傾いていった時代だった。 本文:2,530文字 写真:1枚

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西日本新聞

最終更新:5/30(木) 12:30
西日本新聞

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