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チェッカーズから見える80年代 「久留米のヤンキー」に夢託した地方の若者 スージー鈴木さんが分析

5/30(木) 17:28配信 有料

西日本新聞

1983年にデビューし、80年代の音楽シーンを彩ったチェッカーズ

 ヒット曲は時代のBGMだ。1980年代に青春を過ごした人なら、その一つに福岡県久留米市出身の男性7人組バンド「チェッカーズ」の楽曲を挙げるだろう。ただ、彼らはアイドル的人気ゆえに音楽そのものが語られにくかった、と音楽評論家のスージー鈴木さん(52)は指摘する。最新刊「チェッカーズの音楽とその時代」は、83年のデビューから92年の解散までのシングル全30曲を分析。元メンバー2人のインタビューなども交え、「久留米のヤンキー」が時代の寵児(ちょうじ)となった理由を解き明かす。

 83年、デビュー曲「ギザギザハートの子守唄(うた)」のサックスが奏でるイントロがFMラジオから流れた。鈴木さんが大阪府の高校2年の秋。「ちっちゃな頃から悪ガキで」とツッパリの歌詞に60年代ポップスのようなメロディーが続く。同学年の女の子が、全身チェック柄の衣装に身を包んだ少年たちの写真を見せてくれた。

 「オシャレなのか、コミックソングなのか」。ハードロック好きだった鈴木さんは当初、戸惑った。

 7人は、半年前に久留米から上京したばかり。84年3月には2曲目「涙のリクエスト」が人気歌番組「ザ・ベストテン」で初の1位となり、5月からは4週連続で第3曲「哀(かな)しくてジェラシー」まで全曲が10位以内に入った。実は曲調も歌詞の世界観も異なる3曲は〈どこに鉱脈があるのかを測定する〉戦略でデビュー時から用意されていた。初期の作曲や作詞、ファッションを担当したのは、当時、中森明菜やYMOを手がけた一流のプロデューサーたち。鈴木さんは「久留米のヤンキーを東京の最先端のおしゃれ軍団が仕立てることで、パロディックな名曲が生まれた」と指摘。一昔前に流行したグループサウンズなどの音楽を下敷きに「半笑いで実験するような批評性があった」と分析する。 本文:1,781文字 写真:2枚

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西日本新聞

最終更新:5/30(木) 18:00
西日本新聞

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