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萩尾望都「トーマの心臓」 許すことで得られる愛と生【あの名作その時代シリーズ】

6/3(月) 12:00配信 有料

西日本新聞

トーマは金網を破り、陸橋から身を投じた。萩尾さんもこんな身近な風景から冒頭シーンを着想したのだろうか=福岡県大牟田市内

 「あの名作その時代」は、九州を舞台とした作品、または九州人が書いた著作で、次代に残すべき100冊を選び、著者像や時代背景、今日的な意味を考えながら紹介するシリーズです。西日本新聞で「九州の100冊」(2006~08年)として連載したもので、この記事は06年7月23日付のものです。

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 雪の日の朝、十三歳の少年トーマが陸橋から飛び降り、自ら命を絶つシーンから物語は始まる。品行方正な優等生ユリスモールのもとに遺書が届く。

 「さいごに これがぼくの愛 これがぼくの心臓の音 きみにはわかっているはず」

 自分を慕った後輩の死に平静を装いながらもユリスモールは責任感にさいなまれ、トーマとうり二つの転校生の出現で動揺し始める-。

 ドイツのギムナジウム(高等中学)を舞台に、繊細な心理描写で人間の愛と友情と試練を描いた『トーマの心臓』は萩尾望都初期の代表作である。舞台を異境に求めた心情を、故郷・大牟田を引き合いに萩尾が語っている。

 「私が育ったのが九州の炭坑町。戦後すぐだけど、すでに斜陽がかっている。町が痛々しいというか労働争議なんかがあったりして、そういう感じにはついていけなかった」(舞台「トーマの心臓」公演パンフレットより)

 一九五九-六〇年に「総資本対総労働の対決」と称された三池争議、六三年には死者四百五十八人を出した三川鉱炭じん爆発事故が発生。日本は石炭から石油への転換を図るエネルギー革命に突入、炭都の将来に陰りが出てきた時期にこの町で十代を過ごした。

 「こういう不安な町じゃなくて、もっと落ち着いた静かな安定したところはないか」。土着的な故郷とは対照的な何百年もの文化の蓄積が風格をなす欧州の古い町並みにあこがれた。だが、それは反転した故郷でもあった。

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 大牟田市立船津中時代の同級生で、高校時代に萩尾を漫画の同人誌に誘った漫画家のはらだ蘭(57)=本名・原田千代子、東京都在住=が苦笑する。「萩尾さんの家に遊びに行ってお母さんにあいさつしてもそっけなかった。大事な娘を悪の道に引きずり込む悪友と思われていたんでしょうね」

 母親は厳格で、萩尾は甘えることもできなかった。漫画は勉強の妨げになるから読むなどもってのほか、有名になっても三十歳くらいまで漫画家を辞めるよう言われ続けた。 本文:2,614文字 写真:1枚

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西日本新聞

最終更新:6/3(月) 12:00
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