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植木会長「LAは圧倒的」特集・JALロサンゼルス就航60周年

6/3(月) 15:09配信

Aviation Wire

 東京-ロサンゼルス線が就航60周年を迎えた日本航空(JAL/JL、9201)。1959年5月28日に乗客40人を乗せて羽田空港を出発した初便は、ホノルルを経由し、ロサンゼルスには翌29日に到着した。

 当時は週3往復で、機材はダグラスDC-7C型機。初めてロサンゼルスへ飛んだ機体は「シティ・オブ・ロサンゼルス号」と名付けられた。現在は成田-ロサンゼルス線をボーイング777-300ER型機で、関西線を787-9でそれぞれ1日1往復運航している。

 ロサンゼルス側で60周年を迎えた5月29日、成田行きJL61便が出発する134番搭乗口には、紅白を基調としたカラフルな風船のアーチが設置され、歴代制服を着用した地上係員が乗客を案内した。

 次の10年に向け、ロサンゼルス線の課題はどのようなものだろうか。

◆地上係員が歴代制服

 JALが成田-ロサンゼルス線に投入している777-300ERの座席数は4クラス244席で、ファースト8席、ビジネス49席、プレミアムエコノミー40席、エコノミー147席。29日のロサンゼルス発成田行きJL61便(777-300ER、登録記号JA740J)は、乗客224人を乗せ、現地時間29日午後1時23分に出発した。

 出発前にロサンゼルス国際空港で開かれた記念式典で、JALの植木義晴会長は開設時のロサンゼルス線について「日本での運賃は当時、エコノミークラスで32万円。その頃のサラリーマンの平均年収が約35万円で、一般庶民にとっていかに高嶺の花であったかがわかる」と語った。

 一方、「米国の平均年収は3900ドルで、運賃は878ドル」と、日米で年収と航空運賃の関係を比較すると、大きな開きがあったという。

 搭乗口で地上係員が着用した歴代制服は、2代目(1969年6月から73年12月)と3代目(74年1月から87年12月)、4代目(88年1月から2004年3月)の3種類。往路の成田側では、客室乗務員が歴代制服7着を披露し、60周年に華を添えた。

◆課題はプレエコ

 植木会長は「ロサンゼルス、ニューヨーク、サンフランシスコの順に利用が多く、ロサンゼルスは圧倒的だ」と、米国路線の状況を説明する。JALの中島喜一・ロサンゼルス支店長は、プレミアムエコノミーの販売強化が課題だと話す。成田-ロサンゼルス線は、ファーストとビジネス、エコノミーは年間を通して満席近くになるという。

 「ビジネスで渡航されるお客様は、会社の規定がビジネスならビジネス、エコノミーならエコノミーを利用される。プレエコはエコノミーのチケットにマイルか差額を自分で払う形になる」(中島支店長)と、プレエコが置かれた状況に触れた。

 プレエコの販売促進について、中島支店長は「乗客自身がアップグレードを申し出るケースはほとんどなく、私たちが積極的に声をかけている」と語った。

 中島支店長によると、ロサンゼルス線の利用目的比率は、観光が6割で商業渡航が4割。日本人比率は6割で残り4割が外国人となり、ロサンゼルスから乗り継ぐ人は4割から5割程度だという。

 次の70周年への課題として、海外地区での外国人販売比率を挙げる。現在の日本人65対外国人35を、50対50まで引き上げを目指す。

 外国人客の獲得に向け、機内食には特に力を入れているという、「ロサンゼルスのお客様に意見を伺うと、機内食がおいしいとの評価をいただいている。毎月ケータリング会社を訪問し、味をチェックして改善を重ねている」(中島支店長)と、地道な努力が続く。

 「日系企業だけでなく非日系にもセールスをかけ、これまで取り込めなかったマーケットへの販売に力を入れていく」(同)と、意気込みを語った。

Masahiro SATO

最終更新:6/3(月) 15:09
Aviation Wire

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