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あのレジェンド俳優が出演するはずだった? オスカー受賞作『イングリッシュ・ペイシェント』をめぐる幻のキャスティング

6/4(火) 16:40配信

CINEMORE

映画界に大きく貢献した名匠アンソニー・ミンゲラ

 CINEMOREにて様々な名作やその裏話を紐解く中で、幾度、アンソニー・ミンゲラという名前を目にしただろう。たとえば、彼は『つぐない』(07)という映画で、ジョー・ライト監督にアドバイスを与え、自らインタビュアー役で出演を果たした。また、『ホワイト・クロウ』(19)を監督するレイフ・ファインズの意識内に幾度も現れ、悩める彼に道を指し示してくれたという。

 ミンゲラが54歳という若さで急逝してからもう10年以上が経つ。上記の二人に限らず、今もなお彼のことを師や恩人として仰ぐ者は映画界に意外と多いようだ。

 そんな彼の代表作が『イングリッシュ・ペイシェント』(96)である。アカデミー賞では『ファーゴ』(96)や『ザ・エージェント』(96)、『秘密と嘘』(96)といった秀作がせめぎ合う中、12部門にノミネートされ、圧倒的な強さで作品賞を含む9部門でオスカーを獲得。「映画界にミンゲラあり」と世界中にその存在を知らしめることとなった。

 ちなみに2016年のローマ国際映画祭では、本作の公開20周年を記念して特別上映が行われている。壇上ではレイフ・ファインズ、クリスティン・スコット・トーマス、ジュリエット・ビノシュらが口々に本作の思い出を語り、当時の彼らを導いてくれたミンゲラに感謝の言葉を捧げた。この恩師、この作品があったからこそ、今の彼らがある。それは揺るぎない事実だ。

ぽっかりと空いた穴、あるいは時が止まった世界

 原作はマイケル・オンダーチェが著した「イギリス人の患者」。試しに紐解いてみると、これが普通の小説とは少しばかし違っていて驚かされる。オンダーチェがもともと詩人であることも手伝って、すべての文章が極めて簡潔で、一瞬一瞬を克明に捉えるかのように、目に浮かぶような情景が点描されていく。「小説というより、まるですべてが詩のようだ」と称する人もいるほど。

 この文体にひとたび惹かれると、そのまま深く心の奥底に降下していくみたいに、この物語そのものに恋してしまう。ミンゲラも初めて読んだ時、時が経つのも忘れて没頭してしまったという。

 このような原作を脚色するのは、一見たやすいように見えて、実は至難の技だ。ミンゲラはすべての歴史的事実を洗い出し、自分の親のルーツとも言えるイタリアにも思いを馳せ、さらに原作世界をバラバラにして「映画的なもの」へとゼロから構築し直していった。

 冒頭、空を舞う飛行機がドイツ軍の猛攻にさらされながら砂漠へ突っ込んでいく。燃える機体。操縦席の男は全身を炎で焼き尽くされながら、かろうじて一命を取り留める。もはや損傷がひどすぎて彼が何者なのか分からない。名前も思い出せないという。彼はこの救護所で、名もなき「英国人の患者」なのだった。

 だが、接しているうちに自ずとわかってくることもある。彼は上流階級の英語を話し、その端々から教養の高さと、人を魅了する個性がうかがえる。また内面に目を向けると、彼はどうやら心に深く、生涯癒すことのできない傷を負っているようでもある。

 もう先は長くない。そう察した看護師のハナ(ジュリエット・ビノシュ)は、軍の移動に付き従って彼を動かすのは得策ではないと考えた。そこで廃墟となった修道院で彼を看取ろうと決める。そこはまるで、戦時中にもかかわらず、ぽっかりと空いた穴、あるいは時が止まった世界のようでもある。

 彼らだけではない。ここにはいつしかカナダ人のカラバッジョ(ウィレム・デフォー)が流れ着き、さらにインド人の兵士キップ(ナヴィーン・アンドリュース)も加わる。彼らは4人で奇妙な共同生活を始めることになるのだ。

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最終更新:6/4(火) 16:40
CINEMORE

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