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盗まれた胸像を再落成=平野運平没後百周年で=植民地からバス1台でサンパウロへ

6/5(水) 5:30配信

ニッケイ新聞

 平野農村文化体育協会(山下薫ファビオ会長)とブラジル静岡県人会(原永門会長)は2日、平野運平広場に新しく設置された同氏胸像の除幕式及び落成記念式典を挙行した。式典には平野植民地周辺の在住者もバスを借り切って駆けつけ、同地出身者、平野氏の故郷静岡県の県人会会員、野口泰在サンパウロ総領事、ノロエステ連合日伯文化協会の安永信一会長ら約90人が出席した。平野運平は1919年、建設半ばの同植民地でマラリアにより亡くなった。享年34。今年はそこから百周年だ。

 午前10時頃、雨の中サンパウロ市カンブシ区エスタード大通り沿いの平野運平広場に出席者が集まり、同氏胸像の除幕式が行われた。代表者らによって胸像を覆う白い幕が取り払われると、大きな拍手が起こった。
 一行は記念式典の会場の同県人会会館へ移動。落成記念式典が開会し、代表者らによる挨拶が行われた。平野文協の山下会長は「平野氏はブラジル日系人の歴史を切り拓いた先駆者だ」と改めて敬意を表した。安永ノロエステ連合会長は、以前設置されていた平野氏胸像が盗難に遭ったことに触れ「再び設置されて良かった。日系人の念願が叶った」と喜びを語った。
 野口総領事が乾杯の音頭をとり、出席者らは食事を楽しみながら思い出話を語り合い賑やかに過ごした。
 平野植民地周辺在住の出席者36人は、式典のためにバスで約6時間半かけてサンパウロへ移動した。その一人の安岡武夫さん(76、二世)は「胸像が盗まれた時は本当に残念だったが、新しく作ってもらえて嬉しい。機会があれば、少し遠いが見に来たい」と疲れを見せず明るい表情で話した。
 平野氏と同じ東京外国語大学(旧東京外国語学校)卒業生の砂古友久さん(90、佐賀県)は、「胸像が盗まれてしまい、台座と説明の書かれたプレートしかなく、それも読みづらい状態。でも新しくきれいになり、素晴らしいものになっている」と絶賛した。
 平野植民地出身の古賀弘子さん(76、二世)は、「1976年に胸像が設置された時の式典にも立ち会った。胸像が盗まれたことは残念だったが、今回の式典にも参加できてとても嬉しい」と話した。
 高田美智子さん(73、二世)は「胸像が盗まれたというニュースでその存在を初めて知った。今日見ることができ、とても立派だった」と話した。兄の邦緒さん(77、二世)は「久しぶりに遠くの幼馴染と会えた」と安岡さんと微笑み合った。
 胸像は75年の平野植民地入植60周年を記念して76年に造成。しかし昨年、胸像が盗まれ台座のみになっているのが発見されていた。

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 平野運平氏は通訳5人男の一人としてブラジルへ渡った。笠戸丸移民62家族232人を引率して、グァタパラ耕地で働いた。コーヒー大農園の賃労働だけでは目標とする稼ぎには程遠いことから、自作農になって腰を据えることを目指し、植民地開拓に乗り出した。しかし、当時は皆、熱帯病に無知で米作を狙って川沿いに家を立てたことから、植民者は次々にマラリアで亡くなった。平野本人も同病で1919年2月6日に永眠した。没後100年経っても胸像が建てられる人物は移民史上でも稀か。

最終更新:6/5(水) 5:30
ニッケイ新聞

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