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【特集】止まらぬフェリー離れ…1日125往復が5往復に 衰退続く宇高航路の現状

6/8(土) 9:30配信

KSB瀬戸内海放送

 岡山県玉野市の宇野港と香川県の高松港を結ぶ「宇高航路」。1910年の連絡船の就航後、1世紀以上の歴史があります。しかし1988年の瀬戸大橋の開通後、衰退が止まらず、現在は1日5往復しか運航していません。宇高航路の現状を取材しました。

1日5往復 まばらな乗客…

 宇高航路を運航しているのは、高松市に本社がある四国急行フェリーです。現在、フェリー1隻を使って玉野市の宇野港と高松港の間、約21キロを1日5往復しています。

(記者)
「こちらは車トラックを載せるスペースです。高松港発朝一の便ですが半分以上空いています」

 1日5往復・10便で採算を取るためには、1日150台、1便当たり15台以上を運ばなければいけないそうです。しかし現状は1日100台、1便10台程度にとどまっています。

(トラック運転手はー)
「大変だと思う。フェリー会社の方もこれだけ少なかったら。いつもこんな状態」

 宇野・高松間の1時間余り、乗客がくつろげるスペースです。最大約500人まで収容できますが乗客の姿はまばらでした。

(玉野市の実家に帰省する客はー)
「(便が)どんどん減っていくので仕方がないと思うが、かなり困っている」

(トラック運転手はー)
「玉野に用事があるときは、やはり船を使いたいが、岡山や他の県の場合は向こう(橋)を使うので利用者は減ると思う」

(売店の店員はー)
「お客さんが少なくなっている。待ち時間が長くなるので少ない。橋を渡る方が多いみたい」

宇高航路の運命を変えた「紫雲丸事故」

 宇高航路の始まりは1910年。旧国鉄の宇高連絡船が就航し、2隻の船を使って1日4往復していました。その後、増え続ける輸送量に対応するため、貨車ごと運ぶようになりました。

 しかし1955年5月11日、宇高航路の運命を変える大事故が起こります。濃霧の朝、修学旅行中の小中学生らを乗せた宇高連絡船「紫雲丸」が貨物船と衝突して沈没し、168人が犠牲となったのです。

 この紫雲丸事故をきっかけに本州と四国の間に連絡橋を架ける機運が一気に高まり、1988年4月に瀬戸大橋が開通。「本州四国間の大動脈」として活躍した宇高連絡船は役目を終えて廃止となり、78年の歴史に幕を降ろしました。

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最終更新:6/8(土) 9:30
KSB瀬戸内海放送

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