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【特集】自殺した現場監督 月に140時間の残業...メモが語る過労死の現実

6/10(月) 14:03配信

MBSニュース

おととし9月、ある男性が過労の末、単身赴任先のアパートで自殺しました。男性は月に140時間の残業を強いられていましたが、その背景には「働かせ放題」ともいえる無責任な契約がありました。

定年後も現場監督として働いていた男性が自殺

『もうつかれた』

そう書き残して、ひとりの男性が電気コードで首を吊り自ら命を絶ちました。Aさん(当時66)。家庭では孫の成長を温かな目で見つめる「優しいおじいちゃん」でした。家族は2年経った今も納骨できずにいます。

「いまだに娘も言いますね、『“ただいま”って帰ってきそうな気がする』って。私もそうですし、息子も。まだ出張に行っている気分です」(Aさんの妻)

配管工事のスペシャリストだったAさん。大手建設会社で技術を磨き、定年後は家族の暮らしを支えるため個人で仕事を請け負っていました。おととし4月からは茨城県の建設会社・三幸設備から仕事を受け製薬会社のプラント建設の現場監督として働き始めました。大阪で暮らす家族とは離れての単身赴任生活。66歳という年齢ながらも精力的に働いていました。

「一言で言えば真面目です。責任感が強くて。忍耐強い人やから、『しんどい』とか『疲れた』って言えへん人やからね」(Aさんの妻)

いつも前向きだったというAさんを自殺に追い込んだものとはいったい何だったのでしょうか。

Aさんが従事していたプラント建設は、大手製薬会社が日立製作所に発注したものでした。日立製作所の下には一次下請けの会社が2社あり、三幸設備はさらにその下請けという構図です。Aさんは、この三幸設備から派遣される形で現場に入っていました。

「30日間の連勤」「4か月の工程を2か月でと指示」

妻はAさんが自ら命を絶つ1か月ほど前から、電話越しに“異変”を感じていたと振り返ります。

「『忙しい』『忙しい』、とりあえず(電話を)かけても『忙しい』。メールをしたら必ず返信があった人がもう何日か後になってきたりね。『寝てるー?』って聞いたら、『ああ…』って素っ気ない返事やったし」(Aさんの妻)

遺品整理の過程でAさんの車から見つかった作業日報。よく見ると、休みはほとんどありません。Aさんは、自ら命を絶つ「9月4日」まで実に30日間も連続で勤務していたのです。自殺の2日前には、朝8時から翌日の明け方4時まで働いていたという記録が残っていました。実はこのころ、4か月だった工程を2か月で行うよう指示があり、Aさんの業務量は格段に増えていたのです。疲れ果てたAさんのスマートフォンには、三幸設備の社長宛てに送った悲痛なメールが残されていました。

『納期通りに工事が終わりません。もう無理です。』

Aさんはこのメールから約1か月後、首を吊りました。テーブルに残されたメモには直前まで仕事のことを考えていた形跡が。そして、その下にはたった一言…『もうつかれた』。

「結婚して43年、ずっと一緒にいたのに何でわからなかったんだろうって。なぜあのときにもうひと言、声をかけなかったんだろうって。それはいまでも思っています」(Aさんの妻)

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最終更新:6/10(月) 14:03
MBSニュース

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