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“熊殺し”ウィリー・ウィリアムスさんにマット界が哀悼

6/11(火) 16:31配信

東スポWeb

 極真空手出身で“熊殺し”の異名を取ったウィリー・ウィリアムスさん(享年67)が7日に死去し、日本の格闘界にも衝撃が走った。

 親交があった“伝説のキックボクサー”藤原敏男氏(71)によると、米国・ノースカロライナ州で空手の師範を務めるケニー・バッファロー氏から、ウィリアムスさんが心臓の病気で亡くなったと9日に連絡があったという。3~4年前に遭った交通事故で一時は動けない状態だったが、空手を教えるまで回復していた矢先だった。

 ウィリアムスさんが1980年2月に東京・蔵前国技館で行われたアントニオ猪木との異種格闘技戦に臨む際、1年前からともに稽古を積んだ藤原氏は「キレると気性が半端なかったけど、純粋で真面目な男でした。ウィリーが送ってくれた元気に稽古をしている写真を見て、米国に行ってビックリさせようと思っていたのに…」と悼んだ。

 猪木VSウィリアムスさんは梶原一騎原作の漫画「四角いジャングル」(週刊少年マガジン)とリンクした形で実現し、当時の少年ファンを熱狂させた。猪木側の窓口だった元新日本プロレス専務取締役営業本部長の“過激な仕掛け人”新間寿氏(84)は「未知の怪物だった。蹴りもすごいものがあって、木をなぎ倒す蹴りというのかな」と振り返る。

 新間氏は、その後もスタン・ハンセンやアンドレ・ザ・ジャイアントとの対戦を計画したが、実現することはなかった。「もっと活躍できる場はあったんじゃないかな。当時、そういうことをさせなかった人たちがウィリーの周りにいて非常に残念。猪木さんにとってもウィリーは大きな存在でした」

 リングス時代の92年7月に対戦した格闘王・前田日明氏(60)は「450キロの熊と組んで押し倒されなかったんだから、あり得ないですよ。試合をした時は『まさかウィリーと試合をするなんて』って信じられなかった。当時でもまだ馬力ありましたね」と語り、哀悼の意を表した。

最終更新:6/11(火) 16:31
東スポWeb

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