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気鋭の映画監督・長久允 CM業界→映画監督への優位性とは

6/11(火) 12:00配信

オリコン

■「Film makers(映画と人 これまで、そして、これから)」第6回 長久允監督
 短編映画『そうして私たちはプールに金魚を、』が、第33回サンダンス映画祭ショートフィルム部門のグランプリを獲得し、その名を世界中に知らしめた映画監督・長久允。続く初長編作品となる『ウィーアーリトルゾンビーズ』も、第35回サンダンス映画祭審査員特別賞オリジナリティ賞、第69回ベルリン国際映画祭「ジェネレーション14plus部門」に選出され、準グランプリ「スペシャル・メンション賞」を受賞した。

【画像】映画『We Are Little Zombies』でバンドを組む少年少女たち

 長久監督は、現在も大手広告代理店に勤務するCMプランナーであり、いわゆる映画畑での叩き上げではない。大林宣彦監督をはじめ、CM業界から長編映画を手掛けたという例は、市川準監督、犬童一心監督、吉田大八監督、中島哲也監督など枚挙にいとまがない。しかも、どの監督も名作を世に送り出している。CMを手掛けているからこその優位性というのは実際にあるのだろうか――。長久監督に話を聞いた。

■長編デビュー作がオリジナル作品という難易度の高いチャレンジ

 最新作『ウィーアーリトルゾンビーズ』は、両親を亡くしたときに泣くことができなかった少年・少女たちが、火葬場で偶然出会い心を取り戻すべく、バンド「LITTLE ZOMBIES」を結成するという長久監督のオリジナルストーリーだ。
 
 長編映画デビュー作をオリジナルで挑むということは、現在の商業映画では、なかなかレアなケースだ。しかも本作は70館以上で上映される公開規模である。資金を集めるという部分では、深い作家性よりも原作ものの映像化など、ある程度認知度と大衆性があるものにアドバンテージがある。しかし長久監督は“自らの表現したいもの”というオリジナルにこだわった。

 「実は原作ものの映画化の監督をやらないかというお話をいただいたことはあります。でも僕は“映画監督”という職業に就きたいのではなく、自分のなかにあるメッセージやストーリーを形にしたいという思いが強かったんです」。しかし一方で「お金がなければ映画は作れません。今回の主人公は少年少女4人。しかも一般的にはまったく知名度がない子たち。普通の映画の常識ではお金なんて集まりませんよね」と冷静な視点も持っていたという。

■作家性と商業主義というまったく相反する考えの融合

 この誰もがぶち当たるテーマに対して、長久監督は、広告代理店でCMプランナーの仕事をしてきた経験をフルに発揮する。

 「例えば、有名な俳優さんが主演を務め、さまざまなメディアに露出することによって算出される宣伝効果と同じぐらいの費用対効果があるプロモーションプランを提示するなど、どうやったら出来上がった映画を訴求していくかはシビアに考えました。そこは広告業界で十年以上働いていたプレゼン能力は活きていると思います」。

 長久監督の才能への期待は大前提にはあるが、出来上がった作品を認知させる部分を徹底的に突き詰めていったことで、賛同者を得ることができた。作家性とビジネスという、二律背反した二つの考えを地続きではなく、まったく別物として切り離した。ビジネス的に成功しやすい作品を作るのではなく、思いを込めて作ったものを、どうビジネスに乗せるかという発想で作られたのが本作だ。

 「映画を作っているときは、とにかく自分が描きたいもの、表現したいものを純粋に追い求めました。中学生ぐらいの僕がやりたいことに没頭し突っ走った感じ。主観的なものの見方です。一方で、出来上がったものに対しては、どれだけしっかりと鑑賞者に届けられるか、客観的な視点を持って意味の分からないプロモーションや、無駄なことをせず、作品に寄り添った形で膨らませていくことができたと思っています」。

 とはいっても長久監督は「ギリギリのラインだったのかも」と出来上がった作品への評価を下す。やりたいことと言っても、誰にも共感されなければ意味はない。本能的に最低限の大衆性というものは察知しているという。それでも「プロデューサー的視点でみれば、とても悲劇的な内容ですし、情報過多な部分もある。誰もが見てハッピーになるものでもない。映画のコアな部分に共感してもらえなければ、難しいなと思うこともあります」と揺れる思いはあった。

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最終更新:6/11(火) 12:00
オリコン

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