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檀一雄「リツ子 その愛・その死」 燃やし続けた命の火【あの名作その時代シリーズ】

6/12(水) 12:30配信 有料

西日本新聞

檀がリツ子と最後の日々を過ごした糸島半島に夕日が沈む=福岡市西区能古島

 「あの名作その時代」は、九州を舞台とした作品、または九州人が書いた著作で、次代に残すべき100冊を選び、著者像や時代背景、今日的な意味を考えながら紹介するシリーズです。西日本新聞で「九州の100冊」(2006~08年)として連載したもので、この記事は06年8月20日付のものです。

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 ストーリーを追いかけるのではなく、ノートを取りながら長編小説を読む。広辞苑を傍(かたわ)らに、一節一節をいとおしむように読める「九州の百冊」は何か。考えた末に出た答えが「リツ子・その愛」「リツ子・その死」だった。言葉に魂を凝縮させる詩人で、漢学の素養豊かな檀一雄が精根を尽くした一千枚を超える長編である。

 この傑作の文庫本やハードカバーは絶版となり、図書館か古本屋、あるいは全集を買わなければ読めない。売れなければ市場からたちまち姿を消すファッション化した読書世界に異議を申し立てる気持ちも隅にあった。

 もう一つ、私には、この物語と作者に多生の縁があると密(ひそ)かに思い続けてきた。二十六歳で結核死するリツ子(高橋律子)は、福岡市立当仁小学校の先輩である。中国から生還した檀が、リツ子と長男太郎に会うため真っ先に向かった留守宅が同小学校近くの伊崎。ハゼやセイゴを釣った浜辺の町で、そこには私の幼なじみもいる。

 昭和三十五、六年だっただろうか、着流しの檀一雄と『火宅の人』の入江杏子さんがアラをぶら下げて現れた。借家住まいだったわが家。刃こぼれする文化包丁と小さなまな板に閉口し、狭い台所で大魚と格闘した檀の姿が、私の目にも焼きついている。母が入江さんと知り合いだった。

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 そんなたあいのない一方通行の思いを手がかりに読み始めると、それまで抱いていた作者への親近感、分かっていると思っていた登場人物や風景に対する自分の不遜(ふそん)が吹き飛んだ。私小説的でありながらこれっぽっちもベタつかず、血が出るほどに自己に切り込む言葉の連鎖である。

 例えば、中国戦線に向かう決意をする場面。子は発熱、妻は下痢に苦しみ、数カ月遅らせることを望むのに〈私は憐憫(れんびん)の情が一番苦手なのである。こいつから抜け出したいと、行手の茫洋(ぼうよう)たる旅を飢渇(きかつ)する〉と切り捨てる。 本文:2,700文字 写真:2枚

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西日本新聞

最終更新:6/12(水) 12:30
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